第65次南極地域観測隊で重点的に観測を行うエリアのひとつとして位置付けられている東南極最大級の氷河、トッテン氷河。その規模は集氷域全体が融解すると、推定で約4メートルも海面を上昇させる程に膨大な量であると考えられています。3月1日からそのトッテン氷河の沖合で、海洋観測を開始しています。
氷河という厚い氷盤が大陸から海に流れ出たとき、その末端が海上にせり出すため、氷河の底面が岩盤から離れて支えを失うとともに、氷河底が海水と接して融解が進むことで浮力も徐々に失われ、やがて自らの重みによって崩壊し氷山が生まれます。トッテン氷河沖での海洋観測は、海水の状態や挙動から氷河末端の底面融解メカニズムとその影響を探ることを意図し、海面から海底に至るまでの海氷と海水の化学的・物理的な物性や、海中のプランクトンの分布量、そして海底の堆積物や底生生物などを対象に試料とデータの収集を行っています。
またトッテン氷河上での氷河流動観測も予定されていましたが、氷河への移動に使用するAS観測隊ヘリコプターが、アムンゼン湾岸オペレーションの際に生じた故障を「しらせ」船内で修理することができなかったため残念ながら断念することになりました。
気を取り直して、現在実施中の海洋観測とトッテン氷河沖の厳しくも美しい自然の様子を写真で紹介していきます。
海水の化学的・物理的な物性を調べる観測は専らCTDとLADCPと呼ばれる機材で行います。しらせ船上観測訓練航海レグ4 乗船レポートでも紹介したCTDとは、Conductivity(塩分)、Temperature(水温)、Depth(深度)を同時に計測することのできる装置の名称で、船尾から懸下して海中に沈めていきながら、鉛直方向のそれらの情報を連続的に記録し、それらの鉛直方向の物性変化を調べます。またLADCPとは、降下式超音波流速プロファイラ(Lowered Acoustic Doppler Current Profiler)と呼ばれる機材で、超音波パルスを発振し、海中に漂うプランクトンなどの粒子状物質や海水密度の不連続面で反射してきたパルスのドップラーシフトを測定することで流向流速を得ることが出来ます。
そしてこれらの機材には、ニスキン採水器と呼ばれる筒型のボトルが6本取り付けられていて、それぞれのボトルで任意の深度(水圧換算)の海水を採取し船上に引き上げ化学的な分析を行うことが出来ます。
海中のプランクトンの生息量は「がま口ネット」と呼ぶ網を使って、停船した船上から鉛直に吊り下げられたネットを下から上へと曳網(ひきあみ)して調べられます。船上からメッセンジャーと呼ばれる重りを、ワイヤーを伝って落下させてネット開口部の口金を閉じることが出来るようになっているので、採取したい水深を自由に設定した層別採集という方法で調査が行われています。どうやらこの口金の閉じ方が、がま口財布のような動きであることが名前の由来になっているようです。
ルンドボークスヘッタにて取材した海氷チームの活動が、ここトッテン氷河沖でも行われています。海氷ゴンドラと呼んでいる安全柵の付いた荷台に調査機材と2名の観測隊員を乗せて、「しらせ」の露天甲板からクレーンで吊り上げ舷側付近の海氷上に下ろして海氷の調査や試料採集を行います。トッテン氷河沖は強く冷たい風が吹き抜ける場所であるため海面温度が低く、海氷が特に発達しやすい環境です。トッテン氷河沖の海洋では、海氷が塩類を脱塩しながら成長することで、海水に塩類が濃集して重く冷たくなり海底へ潜っていき、別所から軽く温かい海水が移動してくることが繰り返されていると考えられています。海氷チームはこうした海水の動きや変化を、海氷を探ることで得ようとしているのです。
トッテン氷河沖の集中観測は3月8日まで行われる予定です。
(JARE65 丹保俊哉)