ルンドボークスヘッタでの海氷調査(前編)

12月26から29日の日程で、昭和基地から南南西に約100km(輸送ヘリコプターCH-101に搭乗すること約30分)の位置にある、ルンドボークスヘッタ(ノルウェー語で丸い湾)という場所で行われた野外調査に同行取材しました。(地理院地図からの位置確認はこちらから)

リュツォ・ホルム湾東岸の宗谷海岸地図
基図に国土地理院の南極地勢図(標高版)を使用(破線間隔は0.1度)

ルンドボークスヘッタはリュツォ・ホルム湾東岸、宗谷海岸に分布する露岩域の一つです。ヘリから降り立った地面は、土壌の類がわずかな面積でぽつぽつ点在する程度で、見渡すばかり岩肌が直接露出し、極めて肌理の粗い紙やすりのような質感をしていて大根がおろせそうなくらいです。

その岩肌に片麻岩の特徴であるストライプ模様がぐにゃぐにゃと不規則に波打ちながら延々と続く様子が表れていて、ときにはそれが強い力で折りたたまれたように見えるところもあり、ゴンドワナ大陸の時代まで遡るこの地域の成り立ちに大変興味をそそられますが、今回随行したチームの調査対象は海氷です。

海氷チーム調査メンバー【一番左から順にオマケ(広報)、塩崎隊員、伊藤隊員、佐藤隊員、同行者の町田さん】
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月27日)

昭和基地に入ってからの6日間、不自由ながらも快適な宿舎で過ごし基地の活動について見聞した内容をブログにしたためてきましたが、いよいよ南極大陸そのものに足を踏み入れることになり、否が応でも期待感が高まる一方、南極観測の意義や目指していることを自分なりの言葉で伝えることが出来るのだろうかという不安感も膨らんでいました。また最初に同行するチームの調査対象が海氷であることは分かっていても、いったいどういう方法で調べるのかということまでは分かりませんでした。チームメンバーの塩崎隊員から事前に「ドライスーツを着てもらいます」と聞き、正体不明の不安感は増せども調査の理解が進まないまま、当日を迎えてしまいました。そしてその不安は見事的中するのでした。

搭乗時にまず驚いたのが、輸送ヘリコプターCH-101に積載された物資量です。調査メンバー4名と広報隊員が随行する8日分の食料(荒天で停滞した場合の分)を含むものの、ヘリの貨物室には1200kgもの機材物資が山と積まれていました。

さほど狭くもない輸送ヘリの貨物室は機材や糧食などの物資でいっぱいに。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月26日)
着陸前の輸送ヘリより見たルンドボークスヘッタ露岩域(その一部)。中央付近で風にたなびく朱色の煙は、着陸地点までの進入方向の目安として機上より投下された信号発煙筒の煙です(使用後はしっかり回収されます)。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月26日)
着陸地点は不整地の露岩なため、物資の積み下ろしは当然人の手で行う必要があります(このシーンは撤収時の積み込み作業中の様子です)。「しらせ」乗員にも協力いただけたお陰で腰が悲鳴を上げる前に作業を終わらせられました。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月26日)

広報隊員という立場はある程度尊重して貰えるものの、野営装備や糧食などはチームにお世話になるのですから観測のサポート要員としての役割も当然求められます。「この物資のうちどれだけを海氷上までもっていくのやら」と心中でつぶやき軽く嘆息しますが、自分自身が野外調査する際には嬉々として重たい装備を背負って行くのを思い出して「彼らにとってはこの海氷は宝の山なんだ」と思い直し、出来る限り力になれるよう気持ちに喝を入れます(後編に続きます)。

(JARE65 丹保俊哉)

ここで4日間過ごすためのベースキャンプを設営しました。露岩にペグは打てないため手ごろな転石を集めてテントロープの重石にします。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月26日)
明日からの調査開始を前に調査対象の海氷域(写真右上側)を下見して、海氷上までの安全なルートを探します。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月26日)
写真左上の露岩と撮影地点側の間に、右上側を開口部とした湾が存在しています。海氷と陸地との境界付近には潮の満ち引きによって生じた海氷の割れ目(タイドクラック)や氷丘脈(プレッシャーリッジ)が見えています。また中央の平坦な海氷上にも湾口から湾奥方向に対して直交したタイドクラックが複数生じていることも薄っすら確認できます。これらはすべて危険ゾーンです。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月26日)
大きなクラックやリッジ、また雪面下に隠れているクラックを避けつつ海氷上の調査適地までルート工作を行っている伊藤隊員の様子(先の写真とはまだ別な調査海氷域です)。手に持っている長い棒はゾンデ棒と呼び、薄氷を踏み抜かないように突き刺して安全を確認しながら前進し、時には大きく迂回して沖を目指します。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月26日)
観測対象の海氷までの移動途中で、コケのようなものの集合体を見つけました。またすぐそばのちいさな水たまりからは、気泡がポツポツと底から湧き上がっています。塩崎隊員が「シアノバクテリアならば酸素でしょう」と教えてくれました。周囲は砂礫質の土壌なのにまるでフカフカな絨毯のような踏み心地です。地中にどんな世界が広がっているのかとても気になります。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月26日)
水汲みに行った丸湾大池の対岸は、まるで大地と大陸氷床がすれ違う、時の交差点のように見えました
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月26日)