S16・S17での合同オペレーション

1月19日の朝、広報隊員は一面が広大な白い大地、南極氷床のただ中に降り立ちました。昭和基地からCH輸送ヘリで飛ぶこと約6分、距離にして約20km(南極大陸の沿岸からは約15km)を東進したあたりにあるS16(別名、見返り台)という重要拠点にやってきたのです。このS16は、南極大陸内陸への調査旅行などに人と物資を送り込むための玄関口のような機能を果たしていて、雪上車とその燃料を搭載した橇や内陸作業用モジュールなどが留置してありました。

S16とS17の位置図(赤丸)
基図として国土地理院の南極地形図【標高版】を使用しました。

持参してきたハンディGPSによると約580mの標高を示しています。周囲をぐるりと見渡すと、雪面全体が僅かに一方向、リュツォ・ホルム湾に向かって傾斜しています。大陸氷床が凸レンズの断面のような形で内陸に向かって盛り上がっているためで、S16はその凸レンズの端っこから、ほんのちょっとだけ中心寄りに位置している程度に過ぎません。斜面の下り方向を見下ろすと、遠くに小さく氷山が散らばる定着氷の様子やリュツォ・ホルム湾沿岸の露岩域もぽつりぽつりと顔を出しています。一番近そうに見える露岩域は西オングル島で、昭和基地のある東オングル島は大陸氷床の丸みの裏側に隠れて見えないようです。また斜面を見上げた先にある氷床のスカイラインは、たおやかな起伏を帯びながら、青と白、上下二色の世界を生み出して、明暗の差の少ない氷雪の世界で平衡感覚を保つ一助となってくれています。視界に他の隊員や人工物が入らないと、圧倒的なまでに巨大な氷床と無限に続くような青空の狭間に放り込まれて、押しつぶされそうな絶望感すら覚えてしまうくらいにちっぽけな自分を認識させられます。「ようこそ、南極へ」と誰からともなくそう言われたような気がした瞬間でした。

360度カメラにて撮影したS17航空拠点の気象観測装置付近の様子。当然と言えば当然ですが、リュツォ・ホルム湾方向も含めて、ほぼ全てのスカイラインが白と青で区切られていました。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月19日)

この日S16までやってきたのはここと、更に約2kmの距離を隔てて隣り合うS17という名称の重要拠点の周辺で活動をおこなう4チームの合同オペレーションを取材するためでした。隣り合うと言っても、大きな敷地の施設が隣接している訳でもなく、それぞれの間には白い氷雪の大地が広がる他、所々に道標のように立てられている旗竿や、何らかの目印となっているらしいポール等が突き立っているくらいです。S17には滑走路が整備されていて、DROMLANの機能を維持する航空拠点としての役割が与えられていました。この日はスケジュールの都合上、日帰り日程の取材となってしまい、残念ながら各チームの活動を触り程度でしか見聞きすることが出来なかったため、それぞれについて写真を中心にして紹介させていただきます。

まずは野外活動支援(Field Assistant; FA)チームから。雪上車を運用して、観測隊員の足となったり、とっつき岬経由の昭和基地からのルートを点検維持したり、また他のチームの活動のサポートをおこなっています。

雪上車のウォーミングアップ運転をする64次FA担当の久保木隊員(奥)と、その方法についての申し送りに傾聴する65次FA担当の山岸隊員(手前)。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月19日)
測地担当の鈴木隊員(右)によるGNSS測量準備を支援するFA担当隊員の二人。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月19日)

次は測地チーム。大陸氷床の動きを捉えるために、毎年GNSSによる測量を10年以上継続しているとのことで、この日は3地点の測位をおこなうための作業を進めていました。これまでの傾向として、S16が昭和基地方向へと年間5m程度の速さで近づいていることが分かっています。広報隊員も少し作業のお手伝いをさせていただきました。

高さを補正するため、測定点からGNSSアンテナまでの高さを測る測地担当の鈴木隊員(右手前)
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月19日)

続いて気象チーム。S17での気象観測を維持するため、古くなったセンサーや風力発電によって得ている電力を貯めているバッテリーの交換など、メンテナンス作業を行っていました。気象測器は、2005年に47次隊によって整備された食堂小屋、発電機小屋に併設(55次隊により2014年2月から運用開始)されていて、昭和基地の気象予報やDROMLANの運航可否を判断するための重要な資料としてリアルタイムに昭和基地へと観測データの伝送が行われています。ところが観測データを収録して伝送するための機材が入っている小屋そのものは、雪によってすっかり埋もれてしまい、辛うじて平らな屋根が顔を見せているだけです。メンテナンス作業はまず小屋へと入るために、雪面下に埋もれた出入口を掘り出す作業からはじめなければならないのに(参照リンク)、骨の折れる作業を明るく楽し気にこなしている様子が微笑ましいチームでした。

S17航空拠点に併設の自動気象観測装置の湿度センサーを交換する気象担当隊員たち。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月19日)
自動気象観測装置のメンテナンスが続く横で、雪に埋もれてしまったS17航空拠点の小屋から何かを引き上げようとしている齋藤隊員。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月19日)
小屋の中に降りるための縦穴に溜まって硬く締まった雪を崩し、バケツで外へと掻き出している最中でした。これを怠ると小屋の中に入ることが困難になり、観測データの収録伝送装置のメンテナンスが出来なくなってしまいます。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月19日)
今回のオペレーションに参加した気象担当隊員一同。左から大山隊員(64次)、草野隊員、齋藤隊員、佐藤隊員。気象チームはいつでもどこでも、チームワークの良さが印象的でした。撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月19日)

最後にペネトレーターチームです。ペネトレーターと呼ばれる傾斜やGNSS、温度、湿度、気圧の各種センサーとデータ伝送装置などを組み込んだ先端の尖った円柱の金属体を胴体下に抱いた無人航空機が、完全な自立状態で自動離陸し、定められた空域へと移動後、ペネトレーターを投下して帰還、自動着陸するまでの機体を制御するシステムを自ら開発、実装、実行し、もちろんペネトレーターそのものも自らで開発されています。極域で場所を選ばず自由な観測網を展開して様々な現象を空間的に把握しようとする野心的な取り組みに挑もうとしているチームです。あえて高い壁を乗り越えようとしているにも関わらず、ワクワクしているかのように楽し気に解説してくれた田中隊員の笑顔が忘れられません。

S16にてペネトレーターチームが組み立てた無人航空機。安定感のある高翼機の胴体下側にはペネトレーターを懸吊するためのパイロンが見えています。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月19日)
無人航空機の窓の中にはエンジンの出力や昇降舵、方向舵、進路など自立飛行のすべての動きを司る制御装置や通信機器が実装されていました。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月19日)
無人航空機のパイロンにペネトレーターを懸吊する田中隊員。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月19日)
ペネトレーターチームは田中隊員(左)と同行者の平塚さん(右)のお二人で構成されています。南極観測船「しらせ」の船内や昭和基地の隊員宿舎でも、機器の調整に余念がなく忙しそうにしていました。その甲斐あってS16での準備は万端な様子で、早く飛行させてみたいと表情を破顔一笑させていました。撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月19日)

いずれのチームの活動も僅かな時間でしか触れることができず本当に残念でならなかったのですが、南極の奥深くを垣間見られるS16、S17の立地の特殊性を全ての隊員が理解してか、やや興奮気味に楽しくそれぞれの作業を進めている姿が印象的でした。

(JARE65 丹保俊哉)

S16の名菓、かき氷をメロン味でいただきました。天気が良く温かい日で助かりました。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月19日)
この日の昭和基地では、蜂の巣山の稜線に隠れる太陽の、なんちゃってな緑閃光を見ることが出来ました。撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月19日)