南極の陸水生態系の謎に迫る!(陸上湿地チームの観測・前編)

今年から南極の陸水生態系に迫る陸上湿地チームの観測が始まりました。

数万年前に南極氷床の後退によって形成された南極の露岩域には、高塩分の海跡湖や淡水性の氷河湖など、成り立ちや水質の異なる湖が数多く存在しています。一定の水深をもつ湖では厳しい冬の間も湖底までは凍結せず、微生物や藻類、水棲コケによって形成されたコケボウズや微生物マットが発達しています。そこにはワムシやクマムシといった微小な生き物たちの生息も確認されており、南極という環境から想像される以上に意外なほど豊かな生態系が広がっていることがわかっています。

南極の湖のでき方
出典:国立極地研究所『極』「目に見えない生き物の世界を測る」https://kyoku.nipr.ac.jp/special/202

(左)調査地の一つである淡水湖の長池。夏でも表面は凍っていますが、湖底は年中凍りません。
(右)南極の湖底に生息する微生物や藻類などが混在してできたコケボウズ。過去に長池で撮影された写真

今回、陸上湿地チームのメインの観測対象となるのは、南極の湿地。冷たく乾燥した南極に湿地があるのか疑問に思うかもしれませんが、南極沿岸の露岩域では、短い夏の期間に雪解け水などで多くの湿地が形成されているのです。

融けたり凍ったりと激しく環境の変化を受ける南極の湿地は、南極という極地の中でも特に過酷な超極限環境ですが、そこにもシアノバクテリアや藻類、ワムシ、クマムシといった微小な生き物たちが生息していることが知られています。

冬季には凍結する季節湿地と考えられている鳥の巣湾湿地のコケ群落
撮影:JARE67 池田未歩(2026年1月4日)

南極の湿地にワムシなどの微小生物が生息していること自体は南極探検の時代から報告されていますが、生き物たちがどのようにして南極の湿地にやってきたのか、湿地が凍結する冬の時期はどのように過ごしているのか、近隣の湖や湿地とどのように影響を受け合っているのか、など南極の湿地環境やそこでの生物活動に関する調査はあまり進んでいません。

そこで陸上湿地チームでは南極の湿地の生態系を捉えるため、カメラと水温・地温ロガーを使った定点観測と試料採取を行っています。

(左から)湖沼生態系を専門とする高平隊員、南極のヒルガタワムシに着目した観測を行うリーダーの和田隊員、クマムシ研究者の杉浦隊員の3名からなる陸上湿地チーム
撮影:JARE67 池田未歩(2026年1月4日)
調査地の一つであるすりばち山湿地。任意の観測点を決め(ピンク色のテープで囲ったエリア)、湿地の状態変化を捉えるためのカメラでの定点観測を行います。
撮影:JARE67 池田未歩(2026年1月3日)

調査地の一つであるすりばち山湿地では既に対象エリアの選定が終わり、カメラでの定点観測が始まっていました。

調査が始まってから、ワムシの大発生が確認された湿地も見せてもらいました。確認されたのは南極の固有種で、体長は一匹あたり約0.6〜0.8mmほどです。単為生殖(雌のみで繁殖する生殖様式)によって増えていく多細胞生物で、日本に生息する種類と比べて2〜3倍ほど大きいのが特徴です。

体が赤いことから、大発生すると湿地の一部が真紅に染まったように見え、肉眼でもその様子を確認することができます。

ワムシ大発生の確認された湿地。赤く染まっている部分がわかりますか?
(左)撮影:JARE67 池田未歩(2026年1月4日)(右)撮影:JARE67 和田智竹
観測拠点に持ち込んだ顕微鏡ですかさず観察
撮影:JARE67 池田未歩(2026年1月1日)

一方、こちらは観測同行中に得たサンプルの中から見つけたナンキョククマムシ。こちらも南極の固有種です。クマムシもワムシも乾燥や凍結といった極端な環境に耐える能力をもつことで知られていますが、その生殖様式などの生態には多くの謎が残されています。

杉浦隊員は、特にクマムシの生殖や系統関係に着目した研究を行っており、南極の湿地や湖ごとにクマムシのDNAを比較することで、どのような集団がどのような関係性を持っているのかなどを明らかにしようとしています。こうした研究は、南極という閉鎖環境に生きる微小動物の進化や分散の仕組みを理解する手がかりになるかもしれません。

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湿地チームの観測には10日ほど同行しましたが、あらゆる場所でサンプルを取る様子が印象的でした。今回取ったサンプルのほとんどは日本に持ち帰ってからの分析になりますが、今から結果が楽しみです。

スカルブスネスのシェッゲを望むすりばち山山頂でサンプルを取る高平隊員
撮影:JARE67 池田未歩(2026年1月3日)

陸上湿地チームでは、湿地と比較するために豊富な水と多様な生態系を持つ湖も訪れ、採水や堆積物の採取を行いました。こちらの観測については後半のブログでご紹介します。

(JARE67 池田未歩)