昭和基地では、第1次南極地域観測隊以来、気象庁職員が派遣されており、基地が閉鎖された一時期を除き、60年以上にわたって定常的な気象観測を継続しています。この長期間にわたる観測の成果は、オゾンホールの歴史的な発見に貢献したほか、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の評価報告書にも利用されるなど、地球環境の今と未来を知る上で欠かせないものとなっています。
近年では、気象観測の自動化が進みつつありますが、地球環境の微小な変化を捉えるには高精度な観測が求められるため、測器のメンテナンスやデータの品質管理(異常値の除去など)が欠かせません。この重要な業務を現場の最前線で担っているのが気象庁から派遣される気象隊員です。今回は、気象隊員が国内でどのような準備を行っているか、簡単にご紹介します。
昭和基地で現在行っている気象観測は次の4種類があり、これらの観測の実施及び昭和基地周辺の天気解析のため、5名の越冬隊員を気象庁から派遣しています。(このほか、越冬隊長や研究観測を行う隊員として気象庁から派遣されたこともあります。)
・地上気象観測:地上の気温、湿度や風などの観測
・高層気象観測:上空の気温、湿度や風などの観測
・オゾン観測 :地上や上空のオゾンの量の観測
・日射放射観測:日射量や赤外・紫外線の量の観測
気象隊員(隊員決定まではその候補)は、庁内での選抜後、派遣される年の4月に気象庁本庁(港区虎ノ門)にある「南極観測事務室」に配属されます。南極観測事務室は、室長(元気象隊員であることが多い)、室員(元気象隊員)、前次隊及び今次隊の気象隊員12名程度から構成される庁内でも特異な部署です。(同室は、第1次隊派遣決定に伴い、1956年4月に設立された歴史ある部署です。)同室への配属後は、まず、前々次隊が南極観測船しらせで持ち帰った観測物資を受け取り、速やかに測器の校正や点検を依頼(一部は自ら実施)するとともに、自分たちが南極へ持ち込む観測物資の調達を開始します。しらせへの物資積み込みまで半年しかないため、それに間に合うように、規格書の作成や見積書の取得に奔走します。
それらが一段落すると、庁内の関係部署の協力を得て、研修や訓練を本格的に開始します。日射放射・エーロゾル観測データ解析研修、オゾンゾンデ観測実習、高圧ボンベ取扱実習、南極用地上気象観測装置研修・・・など、その内容は多岐にわたり、枚挙にいとまがありません。気象隊員は、国内での観測・保守経験に長けた者が選ばれていますが、昭和基地で行う全ての観測に精通している訳ではありません。そのため、5名の気象隊員全員が揃って研修や訓練を受けます。一方で、各隊員の得意分野においては、自らが講師として他の隊員を指導する場面も見られました。
また、昭和基地では、測器が故障しても業者が駆けつけて直してくれることはありません。近年は、インターネット利用環境の向上により国内からのサポート体制も充実してきましたが、実際に現場で手を動かすのは隊員自身です。担当者は出発までに何度も訓練を重ね、トラブルや故障に対処できるスキルを身につける必要があり、研修場所へ足繁く通います。
このほか、昭和基地内での輸送作業に従事するため、重機に関する資格も取得します。第66次隊気象隊員5名が受講した研修・訓練は、延べ40日、200時間を超えました。特に9月以降は、発注した多くの観測物資の納品・検査に加え、それらの梱包・輸送対応も重なったため、慌ただしい日々が続きました。
60年以上にわたる気象観測を途切れさせることなく続け、観測から得られる地球環境の変化の兆しを見過ごすことのないよう、気象隊員は昼夜を問わず気象観測に励んでおり、その肩にかかる責任は決して軽いものはありません。国内での準備を一通り終え、第66次南極地域観測隊の本隊出発まで残すところ僅かとなりましたが、気象隊員の研鑽は今も続いています。
(JARE66 梶原佑介)