透き通った空気に、長く真っ暗な夜、野生動物に襲われる心配がないどころか虫一匹いない…、南極の昭和基地は星を撮影するのに最高な環境と想像されるかもしれません。ですが南極・昭和基地に来て半年、星を撮影するのにけっこう苦労しました。
第一に、オーロラが邪魔になります。今年は約11年ごとに繰り返す太陽活動が活発な時期に相当し、オーロラ帯に位置する昭和基地では晴れていればだいたいオーロラに出会えます。肉眼でオーロラが見えなくとも、星を撮影するために長時間カメラを露出させるとオーロラが写ってしまいます。下の写真は肉眼でオーロラが見えない夜にカメラを15秒間露出させて天の川を狙ったものですが、写真左側にオーロラが写りこんでしまっています。これはこれで南極らしい一枚なのですが、やはり星だけを綺麗に撮影したい場合はオーロラを邪魔に感じてしまいます。
次に、霜への対策です。今の時期、昭和基地の屋外気温は常に氷点下となり、夜間に写真撮影をしているととても寒いです。気温が低いため大気中に含むことのできる水蒸気量が少なく、昭和基地の月平均相対湿度は70%程度と東京の5月並みです。ですからよく冷えた夜にレンズヒーターを着けず屋外にカメラを置いて撮影していると、大気中の水蒸気が凝結してカメラが霜だらけになってしまうことがあります。
また赤道儀を使う場合、天の南極と赤道儀の軸を合わせるのが困難です。北半球では天の北極を中心に、南半球では天の南極を中心に円を描くよう星が日周運動するため、星をズームして長時間撮影すると星が点ではなく線になって写ってしまいます。これを避けるためにカメラを星の日周運動と同じように回転させる赤道儀と呼ばれる道具を使います。赤道儀はその軸を星の日周運動の中心(北半球なら天の北極、南半球なら天の南極)に向けるのですが、北極星ポラリスのような目安となる明るい星は天の南極になく、赤道儀の軸と天の南極を合わせるのが困難です。今では天の南極を見つけることに慣れましたが、はじめはとても苦労しました。下の写真は越冬開始して間もないころに撮影した球状星団の写真ですが、赤道儀の軸がずれているため星が線になってしまっています。
このように南極昭和基地での星の撮影はけっこう大変です。ですがオーロラのない晴れた空には息をのむほどの星空が広がり、日本からは見ることが難しい星も姿を見せます。今回撮影できた南天の代表的な星をいくつか紹介します。
みなみじゅうじ座やコールサック、イータカリーナ星雲は南天の天の川の最も美しい領域を象徴する天体であり、日本の本州からは見ることができません。みなみじゅうじ座は全天で最も小さな星座であり、夜空を見上げるとすぐ目につきます。コールサックは天の川の中にぽっかり穴が開いたように見える暗黒星雲です。低温で高密度な塵やガスでできた星間雲が背後の星の光を遮り黒い雲のように見えることから暗黒星雲と呼ばれています。イータカリーナ星雲は赤く輝く散光星雲であり、その正体は暗黒星雲と同じ星間雲ですが暗黒星雲とは対照的に周りの高温で明るい星の光を受けて光っています。
大マゼラン雲と小マゼラン雲は天の南極付近に位置し、日本ではどの地域からも見ることはできません。「雲」と名が付きますが星雲ではなく、その正体は私たちが住む天の川銀河の外側にある別の銀河です。とても遠い場所にあるにも関わらずこれら銀河は肉眼でもはっきりと見ることができ、気象隊員の私は夜間雲の観測をする際にこれら銀河の見え具合から上層雲の厚みをイメージしています。
また、彗星の撮影にも成功しました。ポン・ブルックス彗星は今年3月から4月にかけて北半球を中心にやや明るく見えたようですが、昭和基地でも5月末に日の入り後の西の空に姿を確認することができました。
南極で見る月の模様は日本で見るものと逆さまです。南半球高緯度の昭和基地にいる人は日本から見て逆立ちをして月を眺めているためです。月の模様の向きは観察する時間や緯度によって変化するということを昭和基地に来て実感することができました。
はじめ星の撮影にはオーロラが邪魔と述べましたが、かえってオーロラがあることによって迫力のある写真を撮ることができます。南半球ではみずがめ座η流星群が有名であり、今年は月明りがなく流星観察に好条件でした。昭和基地でも1時間に10個ほどの流れ星を見ることができ、中にはオーロラを切り裂くようなものもありました。
極夜も明け、次第に夜の時間が短くなっていきます。夜空が好きなので少し寂しいですが、季節の移ろいを楽しみつつ、残りの越冬期間も励んで参ります。
(JARE65 奥谷椋一)