昭和基地から南極観測船「しらせ」に乗船して1カ月が経とうとしています。往路もそうでしたが、こんなに長い日数を船の上で過ごす経験をするとは、観測隊に参加するまで思いもしませんでした。大学生の頃、海洋実習船に乗ってひどい船酔いを経験していたこともあって、沢山の酔い止めを持ち込んで備えていましたが、復路では予防的に服用した1日間以外はまだお世話にならずに済んでいます。船酔いを克服できたのかは分かりませんが、これから「しらせ」は暴風圏へと向かって少しずつ北上しています。外気温も高くなっていき、あれだけ周りにいっぱいあった海氷や氷山も靄(もや)の先にちらほらと見える程度で「しらせ」のポツンと一人旅が往路同様に始まろうとしています。
さてトッテン氷河沖の集中観測は8日に終了しました。前回の観測隊ブログに引き続いて、トッテン沖で行われた観測について新たに紹介させていただくことにします。
スミスマッキンタイヤー採泥器による底生生物の採取をしました。左の写真が揚収した採泥器、右の写真が採泥器よりサンプルを採取している様子です。採泥器の足が海底に着底するとグラブバケットの口が閉じるとともに中に海底表層の堆積物を定量的に抉(えぐ)り取ることができます。現在の海洋環境を反映した表層堆積物の表面や中に棲(す)む小型の底生生物の種類や密度を分類・分析して、他所や古い年代の堆積物試料との比較をおこない、生息環境の広がりや環境の変化の有無を調べます。
続いて、グラビティコアラーによる海底堆積物の採取をしました。左上の写真が採泥器の組み立て作業をしている様子、右上の写真は揚収中の吊り下げられた様子です。左下の写真は観測甲板に引き上げた採泥器です。先端には堆積物が詰まってみえます。右下の写真は採泥器の中に樹脂製チューブが入っていてチューブごと堆積物を引き抜いている様子です。採泥器自身の重みで海底に円柱状のパイプを鉛直に貫入させて堆積物を採取します。採取した堆積物にはプランクトンなど微小な海洋生物の化石(遺骸)が含まれています。古い遺骸は下の方、新しい遺骸は上の方に堆積した順に積もっています。海洋生物は海洋環境に適応した種類が生息しているので、古い時代の遺骸の種類を調べると海の環境の時間変化の有無に気づけるのです。
ROV(Remotely Operated Vehicle)による底生生物調査も行いました。左上から手前に見える2000メートルのケーブルを通して探査機を制御している様子、観測クレーンで吊り上げられたROV(右上)、海中に投入後、観測隊員の操作によって自走するROV(左下)、ROVの操作を行う採泥チームの自見隊員(右下)です。ROVでは海底付近の遊泳能力の高い生物の生息状況をカメラで観察したり、ROVに取り付けられた各種のセンサーでそうした生き物が生息する海洋環境を記録します。
64次観測隊によって設置されていた係留系の揚収作業も行われました。係留系とは長さ数百メートルのロープの片端に重りを付けて海底に沈め、もう一方の端にはフロート(浮き)を付けて海中に立ち上げて、ロープの途中にCTD、ADCPなど様々な計器類を繋ぎ、海水の物性を長期間に渡って定点測定する観測項目です。測器の回収はトランスデューサーという超音波送受信機を用いて船上から海底の重りを切り離す信号を送って残りを浮上させます。フロートには電波発信器が付属していて、浮上位置を知らせるようになっています。左上の写真は船上への揚収の様子です。小さな錨のような形の金具を投げて係留系のロープを引っ掛け手繰り寄せます。左下の写真は海中を沈降してくる粒子を採集するセディメントトラップと呼ばれる観測機材も取り付けられている様子です。沈降粒子の量や特徴の変化をモニタリングし、トッテン氷河沖の海流循環の変動を探ります。ロープの途中にはフロートも分散して追加されていて過剰な張力がロープに掛からないよう工夫されていることが右の写真からわかると思います。
64次観測隊の係留系を揚収した代わりに新しい係留系の投入もおこなって観測を継続させます。左上の写真は観測甲板上での係留系の準備作業の様子で、右上の写真は全ての機材やフロートの接続が完了した後に接続方法に誤りがないかや接続箇所に緩みや劣化がないかを点検している様子です。また、左下の写真は係留系のトッテン氷河沖への投入作業の様子です。係留系の一番下には摩耗して処分対象となった鉄道のレールを重りとして使用します(左下の写真)。
「しらせ」は今後、3月18日のフリーマントル港入港を目指して北上を続けつつ、東経110度線上での海洋観測を5ヵ所で行う予定です。
(JARE65 丹保俊哉)