「奥谷くん、オーロラだと思う」
2月28日から29日にかけた夜中の24時頃、基本観測棟で会議資料を作成している最中でした。屋上で観測を済ませた気象夜勤者が頬をゆるませながら私にそう告げたのです。胸がどっと高鳴ったのを覚えています。防寒着も着ずに慌てて外に飛び出すと、東の空、南極大陸の上空に白いカーテンのようなものが漂っていました。大きさは天球を背景に横幅20度、高さ5度ほどでしょうか。気象隊員の私は日々雲の観測をしているだけに、白くなびくその物体が雲ではなくオーロラであることはすぐに理解できました。夜中は就寝している隊員に配慮して緊急時を除き無線を入れてはいけない決まりになっていますが、隊のみんなに伝えずにはいられませんでした。これは緊急時なのです。
「オーロラが出た。東の空!」
ぞろぞろと居住棟から姿を現す隊員たち。起こしてごめんなさい、でもみんなでこの景色を見たいと思ったのです。「東の空ってどっち?」「大陸の方だよ」「うーんと、あの白いやつ?」「そうだと思う!」「うそ、本当にオーロラが出たんだ!」静かな夜の昭和基地に明るい声が響いていきます。きっとみんな待ち望んでいた瞬間だったのでしょう。
寒さを思い出して屋内に戻るも束の間、今度はミラーレス一眼カメラと三脚を抱えて外に繰り出します。カメラの液晶画面を見るとまたあっと驚かされました。肉眼で見るオーロラは白くぼやけて見えるのですが、光を集めるカメラ越しに見ると一般に馴染みのある緑色を帯びているのです。オーロラを目の当たりにしているのだとさらに実感しました。日本にいる間に勉強したオーロラ撮影時のカメラの設定方法を頑張って思い出します。ピントを合わせるのは背後の星を利用する、シャッター速度を長くしすぎると光が均されてカーテン状に写らない、月が出ていたらISO感度を低くするとよい。いろいろ試して納得のいく設定で何枚か撮影しました。一枚一枚撮るたびに形が変わるのが不思議で面白かったです。また、肉眼で見ていても時々緑色に見えたりして、その時間が嬉しかったです。
翌日の隊員全体ミーティングで地磁気の観測を専門にしている宙空隊員からは「昭和基地はオーロラがよく出現する場所に位置していて、今回のような小規模なオーロラは晴れていれば頻繁に見ることができます。晴れの予想が出るたびにアナウンスすると特別感が無くなるので、今後はもっと明るいオーロラが予想されるときだけ隊に周知します。昨日のようなオーロラが見たい人は気象隊員が発表する天気予報を参考にしてください。」と周知されました。おそらく今回のものより大きくて鮮やかなオーロラを見る機会はたくさんあるでしょう。越冬期間も後半になればオーロラにも慣れてくるのでしょう。ですが、初めて南極に来た隊員にとっては程度に関わらず目に映るすべてのオーロラがまだ特別です。元より、過酷な気象の南極で屋外活動する隊員の安全を守るべく、晴れの日も曇りの日もふぶきの日も、毎日真剣に精度良い気象情報を発表する心意気で臨んでいますので、夜間の天気予報も任せてください。オーロラが期待できそうな天気予報であればしっかりアナウンスさせていただきます。
(JARE65 奥谷椋一)