氷状偵察飛行

12月16日朝、南極観測船「しらせ」は乱氷帯を無事突破して、定着氷※1縁に舳先を突き立てて停留しました。「しらせ」格納庫に搭載され、野外観測チームの移送や昭和基地への物資輸送を担うヘリコプターへの回転翼取り付けなどの整備作業を、船が動揺しない安定した状態で行いたいためです。この時点で昭和基地まで直線距離にしてあと約57kmの位置にまでたどり着きました。

氷海は穏やかです。海面を覆いつくす海氷の大群がうねりに干渉して打ち消し、凪の状態にしてしまうので、乱氷帯に入ってからは、酔い止め薬のお世話にならずに済んでいます。その代わり砕氷航行が引き起こす騒音と振動が昼夜を問わず部屋中に鳴動して会話をするにもボリュームを1段階上げなければならないほどでしたが、停留中はそれもありませんし天気が良く無風だと、のんびりと氷山を眺望したり、「しらせ」見物に訪れるペンギンたちにカメラを向けたりする余裕も生まれます。

12月17日、回転翼取り付け作業などの整備を完了させたヘリコプターに、「しらせ」斎藤艦長と橋田観測隊長そして船舶チーム野瀬隊員らが乗り込み、昭和基地近海までの氷状偵察が行われました。明日からの砕氷航行の再開に備えて、ラミングに影響する定着氷上の積雪の有無などを上空から確認し、出来るだけスケジュールに支障をきたさない最適なルートを見つけるためで、広報隊員も偵察に同行させていただきました。

空から見る定着氷の様子に「まっ平な氷でも意外と起伏もあって表情が多様なんだな、氷状だけに」というくだらない感想を持ちながらカメラを向けたせいか、ピントが合いません。白一色というわけでもないのですが、被写体のコントラストが著しく低いためカメラ任せではなかなか合焦してくれず、アザラシがのんびり寝そべっている様子などあまりにシャッターチャンスを逃しまくるので定着氷自体の撮影はあきらめて、はっきりと見えてきた南極大陸の方へとレンズを向け直します。

リュツォ・ホルム湾上空から最も目立って見えた地形は、ラングホブデの露岩でした。ノルウェー語で「長い丸丘」を意味する通り、遠めに見て丸みを帯びた丘陵の群れが定着氷の先から立ち上がっています。その奥には雲の合間から南極氷床が露岩の頂きよりも高い位置で地平線ならぬ氷平線を作っているのが朧気に見えています。初めて目にする南極大陸の一端に、胸の奥に言葉にならない感情の高まりを感じながらも「これって巨大な羊背岩※2だと思っても良いのかな?」とちょっと気の抜けた感想で自らの興を削ぐ間抜けな自分です。

そんな中、眼光鋭く定着氷の氷状を観察していた橋田隊長がふと広報隊員の肩をたたき甲高いエンジン音の鳴り響く機内で、遠方に小さく見える地形の高まりを指さしながら「ボツンヌーテン」と耳元で教えてくれました。リュツォ・ホルム湾の奥にそびえる標高1486mの山まで足を延ばす観測チームがないため、取材できないと思っていたものの一目見てみたい存在でした。心の中で隊長に感謝しつつカメラのレンズを向けるとまたしてもピントが合いません。意固地になって無理やりシャッターボタンを押しても輪郭のボケた写像ばかりです(次の機会に撮ってお見せしたいと思います)。

その日夕方に行われたミーティングにて橋田隊長から「砕氷航行に大きな支障が生じる程の悪い氷状はなかった」との報告に、観測隊一同の口から安心の吐息が漏れ出ていました。一方、揺れ動く機内でファインダーばかり覗いていた広報隊員にとってはがっつりと乗り物酔いしてダウンし、ほろ苦い氷状偵察飛行となりました(酔い止め薬を持って昭和基地に行くことにしました)。

(JARE65 丹保俊哉)

※1定着氷...1枚の氷盤として大陸氷床や露岩に固着した状態で海上に張り出した広大な海氷のことで、その縁まで到達できると山場のひとつが攻略できたことを意味しています。

※2羊背岩...氷河の流下によって表面を滑らかに侵食された岩盤の突起群のことで、遠望したラングホブデの露岩地形についてそのような第一印象を持ちました。

飛行準備の整った大型輸送ヘリコプターCH-101へと搭乗しようとする「しらせ」航海長と船舶チームの一行たち
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月17日)

氷山の周囲に開いた海面を出入口にしているアザラシたちの
様子は写せました。撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月17日)

定着氷の状態を注視する橋田観測隊長
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月17日)
衛星画像と比較しながら丹念に定着氷を確認する野瀬隊員
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月17日)
ラクダのこぶのような丘が幾つも並んだラングホブデの地形。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月17日)
偵察を終えて着艦後、「しらせ」航海長と談笑しながら氷状に対する意見を交わす船舶チーム
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年12月17日)