しらせ船上観測訓練航海レグ4 乗船レポート〈後編〉

広報隊員は9月18日から23日におこなわれた、南極観測船「しらせ」の船上観測訓練航海レグ4(以後、レグ4)に参加して、第65次南極地域観測隊と「しらせ」乗組員の、船上海洋観測の訓練を取材してきました。

前編では伝えきれなかった船上での観測訓練について、写真と共にご紹介します。

CTD採水システムの投入準備を進める運用科員。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年9月19日)

CTDとは、Conductivity(塩分濃度)、Temperature(水温)、Depth(深度)を同時に計測することのできる装置の名称で、船尾から懸下して海中に沈めていきながら、鉛直方向のそれらの情報を連続的に記録し、海水の鉛直方向の物性変化を調べます(この写真のアングルではしっかり識別できません)。この調査を多点で実施することで、海洋の空間的な層構造や流動傾向について知ることができます。

また起立した円筒形の物体が、リボルバーの弾倉のように複数並べてマウントされている装置が採水器で、上下端に蓋がついている中空ボトルになっています。水圧センサーによって事前に設定した深度で蓋が閉まる仕組みになっていて、採水した海水の二酸化炭素や栄養塩濃度、溶存酸素濃度 などを高精度に測定することになっています。CTDと同様、深度別に(ボトルの本数分)採水し、鉛直方向の物性の差異を調べます。

揚収されたCTD採水システム。採水器の上側の蓋がちゃんと閉まっていることに注目してください。上の写真ではまだ閉まっていません。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年9月19日)

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揚収されたノルパックネット(North Pacific Standard Net)の後処理について大学院生たちにレクチャーしている様子
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年9月19日)

ノルパックネット(North Pacific Standard Net)とは、プランクトンの採集に用いるネットです。プランクトンネットは大きさや採集方法が国際規格になっていて、他の海域で行われた調査データと定量的に比較できるようになっています。網目に付着しているプランクトンをしっかりと洗ってネットの先端についている採集容器に集める手法について指南しています。

CPR(Continuous Plankton Recorder)曳航中の観測甲板の様子。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年9月19日)

プランクトン採集の観測訓練も行われました。巻き上げ機からダビッドを経由して海中に伸びるケーブルの先には、プランクトンの採集装置(CPR=Continuous Plankton Recorder)が取り付けられています。

装置末尾にはプロペラが接続されていて曳航中の海流を受けて回転するようになっています。その回転と同期して装置内部の巻き出しドラムからきれいなフィルターがゆっくり巻き出され、プランクトンが付着したフィルターは別のドラムに巻き取られます。これにより航路下におけるプランクトンの種類や生息密度の変化を知ることができるという優れものです。イギリスで考案された装置で、初めて使用されたのが1925年というとても長い実績と信頼のあるものです。

揚収されて後処理中のCPR。右端が先頭で、左端が末尾。
姿勢安定翼の間から、プロペラが覗いています。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年9月19日)

観測機材を曳航することでワイヤーは強く緊張するため、万一の破断によってワイヤーが弾かれると事故に繋がり兼ねません。曳航観測中はワイヤーに接近しないよう標識ロープ(通称、トラロープ)が張られます。

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続いては、船舶チームによるさまざまな観測訓練のご紹介です。

撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年9月19日)

船首の右舷側甲板では、船上EM(Electromagnetic)センサー(電磁誘導型氷厚計)のアームへの取り付けと取り回し訓練が実行されていました。橙と青に着色されている長尺の物体がEMセンサーです。このセンサーによって氷の厚さをリアルタイムに計測し「しらせ」にとってより砕氷しやすい航路を探るための重要な資料を得ます。

センサー内には2つのコイルが取り付けられていてその一つに交流磁場を発生(送信)させると、その磁場によって電気伝導度の大きな海水には誘導電場が生じます。そしてその誘導電場がつくりだす磁場強度をセンサー内のもうひとつのコイルで測定(受信)することでセンサーから海水までの距離を導くことができ、別途アームに取り付けられたレーザー距離計でセンサーと氷表面までの高さを測定し差し引くと、氷の厚さが求められます。

ただしセンサーがその性能を十分発揮するためには長軸方向(橙色を前に青色を後ろにします)を進行方向と平行に保ったまま、かつ船体からできるだけ離して安定化させる必要があります。最初の固定作業がとても大切です。

艦橋の直上に位置する06甲板で、しぶきセンサーの動作テストをする船舶チーム。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年9月20日)

波浪の大きさと船体の動揺の程度によって「しらせ」の船首に海水が打ち付けられ、しぶきとして空中に飛散する高さは都度変化します。06甲板までの高さに達するしぶきが、どのような条件で発生しているのかを計測して、船舶工学の発展に寄与することを目的としています。船舶チームは大忙しで「しらせ」のあちこちに各種のセンサーとケーブルを船体に取り付けていました。

撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年9月20日)

こちらは、海底圧力計(ワイヤーの先にぶら下っている朱色の物体)の投入訓練です。海底で水圧を長期間に渡って繰り返し計測記録します。水圧は水深に換算することができ、海水面の長期的な上下変動をモニターすることなどを目的としています。

撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年9月20日)

「しらせ」の舷側から海中に懸下したトランスポンダ(音波を使った信号の送受信機)を使って投下した海底圧力計と交信します。着底している圧力計との距離を測定し、「しらせ」の近くにあることを確認してから、重りの切り離し指令を発信します。水深約560mの海底から、海面に浮上するまで10分以上を要しました。

撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年9月20日)

海底圧力計には電波発信機が取り付けられているので浮上した場所のおおよその見当は付きますが、自力で動くことができないため回収には目視で捜索して「しらせ」を接近させる必要があります。「しらせ」艦橋からの発見の報が艦外拡声器で聞こえた数分後、ようやく見つけることができた広報隊員です。

海底圧力計が浮上する位置は、投入した位置と同じになることはほとんどありません。海中の海流によって、海底圧力計が沈下・浮上する際に流されてしまうためです。(乗船レポート前編の地図にてご確認ください)。

小さな海底圧力計を舷側の高い上甲板へとどうやって揚収するのだろうか、と思っていたらご覧のとおりシンプルでした。またとても大きく重い「しらせ」を舵の効きにくい微速航行で海底圧力計にドンピシャで横づけした高い操船技術におもわずため息がもれました。

こうした観測機材を海中に投入し、それを引き上げて回収するという一連の動きは、字面としては至ってシンプルですが、動揺する観測甲板上で様々な役割の人や道具の動線、そして緊張したケーブルが交錯する中でそれを円滑に実行するのは並の注意力、観察力、洞察力で達成できるものではありません。

加えてブリッジ*と緊密に連絡を取り合って船の速さと進路の微調整も必要になります。「しらせ」乗組員と観測隊の各作業担当者の息が合わないとその分、限られた時間を消費し、事故にも繋がりかねないのです。しかし高いモチベーションや日々の訓練でワークフローが最適化された成果として、レグ4では人為的な問題点は顕在化せず、各員の有機的な動きが万全に機能した様子を見ることができました。

*艦橋。艦長の指揮所

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こちらは、8の字航行による磁力計のキャリブレーション(調整)訓練で「しらせ」が回頭する様子。「しらせ」メインマストの見張り台(通称、鳩小屋)にて360度カメラによりタイムラプス撮影した映像です。再生時間12秒頃から8の字の回頭が始まります。

艦首方向ではなく艦尾方向の航跡に注目して見ると、回頭する様子が良くわかります。また回頭したときの航路については本記事冒頭乗船レポート前編の位置図にて確認いただけます。

8の字航行によって磁力計を調整する理由と仕組みについては、スマートフォンの磁気コンパスを調整する方法とほぼ同様です(詳しくはこちら)。地磁気の方向(主に伏角)は高緯度になると急激に変化していくので、本航海では複数回のキャリブレーションが予定されています。

音響測深機の船速依存性試験において第3観測室で測定データを注視する隊員たち。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2023年9月21日)

「しらせ」に搭載されている音響測深機が、異なる船速の条件においてほぼ同じ測深結果を得ることができるのかを試験しました。本記事冒頭の地図にある青線が試験航路となっていて、時速5kt、10kt、15kt(同9.3km、18.5km、27.8km)の条件で15海里(27.8km)の直線航路を航行してその結果を評価しました。また、海底下の地層構造を音波探査するサブボトムプロファイラーの動作チェックも同時に行われ、問題なくデータを得られることが確認されました。

このとき「しらせ」はGNSSによる自動操舵ではなく、艦の計器と羅針儀を読み、人が測位しながら進路を定める手動操舵で航行していたそうです。3回の航路の差は大きくても幅150m程度までに収まっていて、目印のなにもない大海原で航海しているのにこれまたすごい技量だなと目を丸くした広報隊員でした。

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一方でご機嫌斜めな観測機材があったり、クレーンが使用できなくなったりする障害もありましたが本航海まであと2か月の猶予を使って機材の調整や点検、修理を済ませることができます。こうした訓練航海を経ることで、心身を整えた乗組員と観測隊員たち、そして「しらせ」が人船一体となって厳しい南極行動に臨むことができるのです。

ちなみに広報隊員としての訓練航海の成果は、酔い止め薬の効果を大いに確認できたこと(瀬戸内航路でも酔える体質です)、「しらせ」艦内の構造をある程度把握できたこと(観測は船全体で行われるので最短経路を探し出して動き回らなければなりません)、海洋観測の流れや隊員・機材の配置を確認できたことなどがありました。

その一方、反省点としては観測諸チームとの交流がまだまだ不足しているな、ということでした。コミュ力の改善が、広報隊員の課題です。

(JARE65 丹保俊哉)

「しらせ」訓練航海(呉港~三河港)乗船者一同集合写真。
撮影:砕氷艦しらせ 写真長(2023年9月22日)