Green out

雲は低く小雨も交じる2月10日の朝、「しらせ」は左舷にバリ島、右舷にロンボク島を見ながら海峡を進む。第62次夏隊員は昨年11月29日以来、第61次越冬隊員は2019年12月2日にフリーマントルを出航してから実に1年2か月振りに目にする南極以外の陸地に、多くの隊員がブリッジや甲板で見入っていた。

「しらせ」往路でのバリ島
撮影:JARE62 橋田元(2020年11月29日)
「しらせ」復路でのバリ島
撮影:JARE62 橋田元(2021年2月10日)

 

Green out。今「しらせ」には持ち込んでいないが、17年ほど前、2度目の越冬を終えてシドニーに入港した際に、Australian Antarctic Dictionaryという書籍を購入した。南極に関わる用語を網羅した辞書で、そこにはグリーン・アウトという言葉が載っている。そもそもその言葉を人づてに聞いたのか、あるいは何かで読んだのか、それを確かめたくて書店に行ったのだ。南極での活動を終えて、久方ぶりに草木の緑を目にした時に覚える、めまいに近いくらくらするような感覚を、そのように呼ぶとされている。

Blackout(停電)とWhiteout(ホワイトアウト)の二つは、南極に限らず生死にかかわる事故・現象だ。太陽光や風力を電源として取り入れている基地は多いが、越冬隊が常駐していれば必ず発電機を運用している。特に厳冬期、何らかの原因で基地の発電機が停止すると、基地の設備や観測装置の故障の原因となるばかりでなく、速やかに復電できなければ、基地機能が失われる恐れがある。ホワイトアウトは、視界がなくなるほどのブリザード、あるいは風が弱くても全天が雲に覆われて散乱光が雪面からあらゆる方向に反射された状況において、雪面と空すなわち地平線が区別できず、距離や方向の感覚が失われてしまうことを指す。

Green outWhiteoutに擬えた言葉であろう。南極の雪や氷、そして空と海は圧倒的な青と白の基調を作り、日光やオーロラが筆舌に尽くし難い七色を加える。南極から離れて何週間もの航海中には、もちろん、海や空の変化は目を楽しませてくれるが、目にするものは限られる。そのような風景に慣れた後の陸地には、緑でなくとも、感動するし、越冬を終えた後では尚更であろう。明日陸地が見える、という連絡が入るだけで、なにかそわそわしてしまうし、見慣れていない行き交う商船や、建物などの人の生活を示す物は、どう処理してよいか戸惑う刺激と言ってもよいかもしれない。そして、やはり、緑だ。この日、両舷から遠くに見える島のシルエットは、南極の荒々しい岩塊とは異なりなだらかで、小雨に煙るなかでも樹々の濃い緑や薄い緑ははっきりと目に入った。くらくらするような強い感覚こそ覚えなかったが、しばらくの間見ることに集中していたし、もっと近寄れないものかと思いもした。これも一種のGreen outなのかもしれない。

  

 (JARE62 橋田元)