流氷(パックアイス)が分布する海域と、流氷がない開放水面の境界を流氷縁と呼ぶ。流氷縁を越えると、薄めの海氷が船体に擦れてシューシャーと音を立てる。まだ「しらせ」は速力をそれほど落とすことなく、しかし慎重に進む。
南極大陸に近づくとともに海は大きく変化する。一定の海域の中で、海氷が占める面積の割合を海氷密接度と呼ぶ。昭和基地への最適の航路を選択する上で、国内の支援チームから届く人工衛星による海氷密接度の画像データは大変有効だ。海氷密接度が0%なら海氷がない開放水面、100%であれば一面が海氷で覆われているということであり、昭和基地に向かって進につれて密接度は徐々に増していく。薄い氷が一面に張っていても、海氷同士が二重三重に折り重なる乱氷帯でも密接度は100%なので、衛星画像データだからと言って過信は禁物だ。
氷海は水と氷からなるカレイドスコープにでも喩えればよいだろうか。海氷、水面、氷山が織りなす多様な造形や色彩は見飽きることない。今航海では、「しらせ」は比較的すんなりと流氷域を通ることができた。もちろん、衛星画像や過去の航海の経験に基づき、「しらせ」が最適な航路を選択した結果でもあるので、もっと見ていたかった、とは決して言うまい。
連続砕氷とは、文字通り、停止することなく前に進みながら砕氷している状況、あるいはその砕氷方式を連続砕氷と呼んでいる。一口に海氷と言っても、海氷の厚さや温度、積雪層の厚さなど、大変複雑な物理的特徴を持つのだが、連測砕氷能力の目安として、「しらせ」は1.5mの厚さの海氷を連続砕氷可能という仕様であり、それに違わぬ実績を示してきた。しかし、ある程度の厚さ以上の海氷となると、連続砕氷では進めなくなる。その際には、一度後退して、勢いをつけて船体の前部を海氷の上に乗せて氷を割る。これをラミングと呼んでいる。
流氷域を抜けると、地平線でも水平線でもない“氷平線”が行く手に見えた。定着氷、すなわち広大な氷盤が「しらせ」の前に待ち受けており、その先には南極大陸が横たわる。
ラミングで前回の位置よりも前に進んだ距離を進出距離と呼び、この距離が仮に数十メートル程度であれば、艦橋は手強い海氷を相手にしている雰囲気が満ちる。その中でも1回の進出距離が数百メートルと伸びると、艦橋は熱を帯びる。筆者が前回参加した際には、「しらせ」が接岸できないほど海氷が厚かった。一晩中ラミングを繰り返しても、朝起きて外に出た時、昨日と全く同じ位置に氷山が見える、つまり殆ど進んでいないという状況が数日も続いたことを覚えている。
氷の塊が船底に当たるガラゴロ、後退し始める時にエンジンのブルブル、巨大な船体が海氷にぶつかり乗り上げる時のドスンズドン。このような音を聴き、振動を感じながら眠りにつくこと4日間。風力発電機、HFアンテナ、多目的大型アンテナのレドームなど、昭和基地のランドマークが目視でも見えるくらいの距離に「しらせ」は近づいた。
白夜の氷海は橙色だ。
(JARE62 橋田 元)