スカーレンルート工作

もう2ヶ月も前の話になりますが、スカーレンルート工作に参加しました。61次隊では越冬中にスカーレンルート開通という、55次隊以来の快挙!(といってもピンとこないと思いますので、説明しますと、)宗谷海岸沿岸地域における昭和基地周辺の野外観測拠点として、ラングホブデ雪鳥沢、スカルブスネスきざはし浜、スカーレンなどがあり、それぞれ昭和基地から30km60km90km程度離れたところに位置しています。それぞれに観測小屋や居住カブースが設置されており、夏期間中はヘリコプターで直接上陸でき、おもに生物圏の研究者が滞在します。生物圏のほかにも宙空圏、気水圏、地圏で各種無人観測機器を設置しており、越冬中はこれら測器の保守作業に赴きます。越冬中の移動手段はヘリコプターというわけにはいかず、34日程度の行程を組んで海氷上を雪上車で向かいます。海氷上には潮の満ち引きによるタイドクラックやプレッシャーリッジが存在しますし、氷山の漂流などもあり、状況は毎年変化します。安全に移動できるようにルートを構築し、海氷上にポイントを打っていくのがルート工作です。ラングホブデ、スカルブスネスまでは毎冬ルートが開通していますが、スカーレンは後述のとおりの難関で、56次隊(2016)60次隊(2019)では到達できていませんでした。まず平均時速10km/h程度の雪上車で90kmの移動ですから、移動するだけでも一日消費します。さらに衛星画像で見る限り、海氷状況は最悪。61次隊でも8月末に実施した初回のルート工作では途中、タイドクラックに行く手を阻まれ、断念していました。そして2回目、執念のスカーレン上陸の一部始終をご報告します。

 

<スカーレンルート工作>

914日(1日目) 昭和基地出発 スカルブスネスきざはし浜小屋に移動

 中継拠点(すでにルート工作済み)のスカルブスネス観測拠点小屋へ。移動だけで一日仕事です。「遠いわ!!!」。小屋に到着後、発電機・小屋・無線機の立ち上げ、夕食準備など。メンバーも野外活動に慣れてきており、この辺の作業は大変スムーズ。地圏、気水圏の観測測器のデータ回収や保守作業も同時進行で行いました。枝豆とビールで乾杯。野菜あんかけとお好み焼きで、翌日に備えます。

 

915日(2日目) スカルブスネスを拠点に スカーレンルート工作

 この日はきざはし浜小屋を拠点に、スカーレンへのルートを偵察します。朝小屋を出発、移動中の名所観光もそこそこに、前回断念した分岐ポイントへ。プレッシャーリッジ越しにこれから目指すスカーレンの露岩が見えます。過去数年、越冬中に未達という事実を思うと「この足で、この4人で到達したい!!!」と、胸が高鳴ります。衛星写真で見る限り海氷はズタズタ。最初の難所、プレッシャーリッジの前後で穴をあけて海氷厚を測定し、道板を渡して車両を通します。一安心したのもつかの間。タイドクラックが現れます。しかも、どこまでも続いて割れていて海面が見えます。「渡れるとこ、どこにあるの??」。時間切れでお昼休憩をはさみますが、FAの小久保隊員と青山越冬隊長、この時はお弁当の味もわからないほど緊張していたそうです。昼食後もクラック沿いに雪上車をはしらせ、なんとか時間ぎりぎりで渡れそうな場所の目途をつけて終了。スカルの小屋に帰り着いたころには19時をすぎていました。心労もあり、皆さんクタクタですが、渡れそうなところがあってほんとによかった。夕食で前祝です。

どこまでも続くタイドクラックを前に、絶句。
撮影:JARE61 白山栄(2020年9月15日)
最初のプレッシャーリッジ。氷厚を確かめて慎重にわたります。
撮影:JARE61 白山栄(2020年9月15日)
1台渡ったところですでに50分経過。
撮影:JARE61 白山栄(2020年9月15日)
どこまでも続くクラック。遠くに見えるのがヤルトオイ島。
撮影:JARE61 白山栄(2020年9月15日)

 

 

916日(3日目) いよいよスカーレンへ移動

3日目はいよいよスカーレン上陸を見込んで、きざはし浜小屋を立ち下げてからの出発です。前日の終了地点まで移動。この日は朝から風が強く、スカーレンに近づくほど強風に。道板をひく作業も強風の中ではなかなかの辛さでしたが、慎重にプレッシャーリッジとタイドクラックを通過。ここで昼食休憩です。「はーよかったねー。」などと和んでいたら、なんとさらなる難関が。タイドクラックをもう一本超える必要がありました。

もうないでしょう!陸地を目指してついにスカーレンに上陸しました。スカーレンには居住カブースのみ設置されており、観測小屋に比べるとかなり手狭ですが、上陸できた喜びと眼前に迫るスカーレン氷瀑 (氷河の滝) の絶景に胸がいっぱいです。しかしスカーレン、風が強い!!本日は上陸を祝して焼き肉とビールで乾杯です。

いよいよ上陸
撮影:JARE61 白山栄(2020年9月16日)
宿泊準備。左手から、雪上車2台、宿泊用テント、居住カブース、トイレテント。
撮影:JARE61 白山栄(2020年9月16日)

 

 

917日(4日目) スカーレンで観測機器の保守

この日も朝から風が強かったです。入り江の奥にあり山に守られているラングホブデやスカルブスネスと違い、大陸から吹き下ろす風が直撃するようです。朝晩の外作業は少し辛いです。この日は地圏と気水圏の測器からデータを回収し、保守作業を行いました。データのチェックやバッテリー交換ができ、これで夏期間まで安心して過ごすことができます。各部門の測器を見学しつつ、午後はスカーレンで一番高い地点に登りました。前日に通ってきた海氷に臨み、「いやぁーー、こんなとこ渡ってきたのかぁ。よくやったよ!」と、自画自賛。

昼食休憩後、雪上車に乗り込み、ルートの再検討に向かいます。より安全なルートはないものか、クラックの際まで探りに行きましたが、ルートの付け替えはならず。明日も同じ道で帰りましょうということに。

小高い丘に登ると、居住ポイントを囲む絶景が。正面がスカーレン氷瀑。
撮影:JARE61 白山栄(2020年9月17日)
氷河が海へ流れ出す地点も一望できました。
撮影:JARE61 白山栄(2020年9月17日)

 

 

918日(5日目) スカーレン出発 昭和基地へ移動

最終日は一日かけて昭和基地へ移動します。早朝にカブースを立ち下げ、出発。少々海氷が動いたようでしたが、難所をクリアしてしまえばあとは前に進むのみです。ロングドライブを乗り切るべく、1.5時間おきに交代で運転しました。スカルブスネス手前でシェッゲ (400mの断崖絶壁) をみながら外で昼食休憩。「いつかのぼりたいなぁ。。」今回の旅行では時間の制約があり、道中の名所に立ち寄ることはできませんでしたが、よしとしましょう。冬のスカーレンで過ごすことができたんだから!

シェッゲをバックに、お弁当
撮影:JARE61 白山栄(2020年9月18日)
今回のスカーレンルート(オレンジの線)を衛星画像で。写真上方向のスカル方面からスカーレンを目指した。プレッシャーリッジ(P.R.)、タイドクラック(T.C.)で道板を渡す箇所が3カ所あった。上記衛星画像には極地研ADS (Arctic and antarctic Data Archive System) で公開しているALOS2 衛星画像を用いている。

(JARE61 白山栄)