南極でここだけ!はるか上空の風を測る1045本のアンテナ

昭和基地の第一夏期宿舎を出て、すぐ脇の通称「高田街道」を東へ10分ほど歩くと、見えてきました、林が!でも、木々が茂っているのではありません。アンテナがたくさん立っているのです。

林!?
撮影:JARE61 寺村たから(2020年1月5日)

PANSY(パンジー)レーダーのアンテナ群です。写真では何度も見ていましたが、実物は圧巻です。61次越冬隊でPANSYレーダーでの観測を担当する濱野素行隊員が案内してくれました。

濱野隊員。
撮影:JARE61 寺村たから(2020年1月31日)

 

PANSYレーダーの正式名称は「南極昭和基地大型大気レーダー(Program of Antarctic Syowa MST/IS Radar)」で、上空の風を測る大規模な装置です。アンテナの数は1045本。設置面積は東京ドーム2つ分だそうです。観測対象は高度約425㎞(主に成層圏)と、約60100㎞(主に中間圏)の風です。中間圏の測定ができる大気レーダーは、南極では唯一だそうです。

昭和基地の中でもかなりの面積を占めるPANSYレーダー。
撮影:JARE61 寺村たから(2020年1月31日)

日本全国のアンテナ好きの方のために、様々な角度からの写真を。
撮影:JARE61 寺村たから(2020年1月31日)

 

大気レーダーは、アンテナから電波を上空に送信し、大気に散乱されて返ってきた電波を受信して、風速や風向を測定します。大気に散乱されて地上に届く電波はとても弱いため、精度良く測定するには、強い送信電波に加えて大きな受信アンテナが必要です。PANSYレーダーのアンテナひとつひとつは3メートル程度と決して大きくありませんが、それを1045本設置して、1つのシステムとして制御することで、大型レーダーとして機能しています。

PANSYエリアにある大型大気レーダー小屋(写真左)。PANSY担当隊員の仕事場であり、また、送信・受信の制御装置や、電源ユニットが格納されている(写真右)。
撮影:JARE61 寺村たから(2020年1月31日)

 

さらにPANSYレーダーは、小さいアンテナが集まってできているという特徴を活かし、大きなアンテナでは不可能なこともやってしまいます。例えば測定方向を変えたい場合、パラボラ型のアンテナなどではモーターが駆動してアンテナの向きを変えますが、PANSYレーダーでは電波を出すタイミングをアンテナごとに微妙にずらすことで測定方向を変えています。実際、PANSYレーダーでは、たった4ミリ秒(!)の間に、真上、北、東、南、西の5方向の大気を次々と測定しているそうです。物理的にアンテナを動かす必要がないので、大きなアンテナではとても動かせない速さで素早く方向を変えることが可能なのです。

 

日々の天気に関係するような雲や大気の現象は、主に高度約10km以下の対流圏で起こっていますが、その対流圏より上、成層圏や中間圏での大気の動きや、エネルギーの伝播については、まだ未解明のことが多くあります。さらに、南極や北極の上空は宇宙空間へ大気が放出されたり、逆に宇宙から地球へ粒子が振り込んだりする特殊な場所でもあります。PANSYレーダーでの観測によってこれらの仕組みの解明が期待されています。

 

56次、59次に続いて3回目の越冬となる濱野隊員によると、冬には雪がアンテナの上の方まで積もってしまうそうです。

左が完全に除雪されている夏の状態。冬(右写真)になると、アンテナの上のほうまで雪が積もる。
【左】撮影:JARE61 寺村たから(2020年1月31日)【右】提供:濱野素行(2015年7月撮影)

 

冬の間には、雪の重みでアンテナが壊れてしまわないよう、積雪量に応じて部品を外さなくてはなりません。ブリザードの強風による飛来物でアンテナが壊れてしまうこともあります。1045本のアンテナの管理は大変ですが、濱野隊員は「南極で中間圏の大気を測れるのは、昭和基地のPANSYレーダーだけ。世界中の研究者が利用している貴重なデータなんです」と胸を張っていました。

 

JARE61 寺村たから)