南極海と「鉄」の関わりを調べる

南極海は植物プランクトンの栄養となる栄養塩が豊富にあるにもかかわらず、それに見合うほど植物プランクトンが増殖していないHNLC海域※の一つとして知られています。当初は原因がわからず謎に包まれていましたが、近年の研究により海にほんのわずかしか含まれていない「鉄」の不足がプランクトンの増殖を制限している可能性がわかってきました。
※ 高栄養塩・低クロロフィル海域(High Nutrient Low Chlorophyll)の意。太平洋亜寒帯、東部太平洋赤道域、南極海が代表的な海域とされています

そのため世界中で海の鉄研究が勢力的に進められており、南極でも現場観測により鉄の分布や供給の仕組みを明らかにしようと、66次に引き続き2年目となる鉄観測が行われました。

この鉄観測、実は非常に難易度の高い観測です。というのも海水中の鉄は1Lあたりナノグラム(10億分の1g)レベルしか存在せず、船体やワイヤーといった金属はもちろん、人が触れることや大気への曝露でも容易に混入して測定値に影響を与えてしまいます。こうした汚染を防ぐため、これまでの鉄観測で確立された国際的なプロトコルに従い、状況に応じて工夫を加えながら「しらせ」船上からの観測を実施しました。

★クリーン採水

CTD採水システムによるクリーン採水を実施しました。採水自体はこれまで何度も行っている海洋観測項目の一つですが、鉄観測専用の機器を使用します。フレームはテフロンでコーティングされた特別仕様で、採水ボトルは酸で洗浄されたものを南極で使用します。

クリーン採水の様子 
撮影:JARE67 池田未歩 (2026年3月25日)
観測機器に触れる隊員・乗員は専用手袋の着用を徹底して人が触れることによる汚染を防ぎます。
撮影:JARE67 池田未歩 (2026年3月6日)
大気に触れる時間を最小限にするため、海へ揚収する直前に採水ボトルの蓋を開けます。 
撮影:JARE67 池田未歩 (2026年3月6日)
酸化しやすい一部の項目は揚収後即座に水を汲み、その後装置ごと専用クリーンコンテナへ運んで採水作業を行います。
撮影:JARE67 池田未歩 (2026年3月25日)
★ドローン観測

鉄の塊である船体の影響を避けるため、表層海水はドローンを使い船から離れたところから汲み上げます。

ドローン観測の様子
撮影:JARE67 池田未歩 (2026年3月7日)
★海氷ゴンドラ観測

海氷の採取も行いました。安定した定着氷に船を挿し、ゴンドラで氷上に降りて海氷やその直下の海水を採取します。海氷は南極海の鉄の供給源の一つと考えられており、「しらせ」の高い砕氷能力を活かした観測です。

ゴンドラ観測を行うため、定着氷縁に船を挿した状態の「しらせ」
撮影:JARE67 池田未歩(2026年3月21日)

ゴンドラ観測の様子
撮影:JARE67 池田未歩 (2026年3月21日)
★現場ろ過

ろ過装置を目的の深度に投入し、一定時間後に回収します。その場で海水中の粒子を集めることができる観測です。

現場ろ過装置
撮影:JARE67 池田未歩 (2026年3月8日)
★培養実験

一部の海域では鉄に加えてビタミンB₁₂も不足し、プランクトンの増殖が制限される「共制限」が報告されています。採取した海水に鉄やビタミンB₁₂を添加し、その応答を調べる船上培養実験も行われました。

◇ ◇ ◇

今後サンプルを日本に持ち帰り、クリーンルームで濃縮するなどの前処理を行ってからようやく鉄の測定が可能になります。今年分の測定結果がそろうのは1年以上先になりますが、昨年採取した分の測定は進んでおり、徹底した準備と「しらせ」の皆さんの協力で信頼性の高いデータが得られていることがわかってきました。

これだけ繊細に扱わなければいけないほどわずかな「鉄」が、植物プランクトンの増減を左右し、広い海の二酸化炭素吸収に影響を与え、全球規模の大きな環境変動に関わっているかもしれません。南極での観測結果が今から楽しみです。鉄チームのみなさん、お疲れさまでした!

(JARE67 池田未歩)