氷床変動の歴史を探る(採泥観測)

南極氷床の融解メカニズムを知る鍵となるのが「過去に氷床がどのように変動してきたのか」という歴史です。南極大陸沿岸域や棚氷前縁付近に堆積した地層には、これまで氷床がどのように前進・後退を繰り返してきたかを示す痕跡が記録されています。

現在大規模な融解を続ける東南極のトッテン氷河。その沖合での集中観測期間中、採泥チームによる観測が行われました。トッテン氷河沖の複数箇所で底質(=水底の物質)を採り、そこに記録された堆積物から氷床変動の歴史を復元し、将来予測に繋げることが目的です。

甲板に上がってきた堆積物を見ても、素人目には一見ただの泥...。

いろいろな泥。ぱっと見ただけでは違いはよくわかりません。
撮影:JARE67 池田未歩(2026年2月8-14日)

ですが、それらが現在から過去数万年分の氷床変動の記録を持つ貴重な資料になるといいます。そもそもどのようにして揺れる船から海底面を手に入れるのか、採取した試料のその後などをご紹介します。

(1)南極海の底をとる方法

一口に南極海で底質を採るといっても、目的に応じて手法は異なります。今回のトッテン氷河沖集中観測では主に3つの機器を使い分けて観測を行いました。

・地層をとる「大口径グラビティコアラー」

総重量約700kgの巨大な金属パイプのような機器です。グラビティ、という名前の通りクレーンでゆっくりと海底に下ろし、自重によってパイプの部分を堆積物に垂直に貫入させ、柱状(コア状)に地層を採取します。

延長可能なバレル部(細長い部分)、揚収時に水を掃き出す穴のついたヘッド部など細かな工夫の光る機器
撮影:JARE67 池田未歩(2026年2月10日)

「しらせ」には船位を維持するスラスターがないため、氷に覆われていない開放水面での観測では風や海流の影響を受けます。そんな時、この細いコアラーが本当に海底に刺さってゆくのだろうかと緊張しながら見守っていたのですが、ほとんどの回で成功し、最大で3m以上のコアを採取できました。

甲板に揚収した後は、何人もの隊員で協力してコアラーを分解しコアを取り出します。
撮影:JARE67 池田未歩(2026年2月10日)

 ・海底面をとる「K式グラブ採泥器」

グラビティコアラーでは揚収時に横倒しにすることで乱れてしまう海底表層約20cmを、海にあったそのままの状態で採取することができる装置です。底部に油圧ショベルの先端のような2個のバケットが付いていて、ワイヤーでゆっくりと吊り下げた装置が海底にたどり着くと自動でバケットが閉じ堆積物を掴んで(グラブ)採ります。

左が投入前で、右が投入後の採泥器の様子。底部のバケットが閉まっているのがわかります。
撮影:JARE67 池田未歩(2026年2月10日)

着底を直接確認する方法はないため、事前に調べた水深、繰り出したワイヤーの長さ、着底時に変化するワイヤー張力の数値を見ながら慎重に引き上げるタイミングを見極めます。

ワイヤーの線長や張力を見ながら引き上げるタイミングを指示します。揺れる船ではこのタイミングが特に難しいようです。
撮影:JARE67 池田未歩(2026年2月9日)
K式グラブ採泥器により採取した泥。海底面を海にあったそのままの状態で
取り出すことができるのがポイントです。アクリルの筒を刺して柱状に保存します。
撮影:JARE67 池田未歩(2026年2月14日)

・海底の生物をとる「ビームトロール観測」

海底を曳網して生物を採るビームトロール観測も行っています。単に生き物を大量に採ることが狙いではなく、その中にいる古環境復元の手がかりとなる骨格を持ったサンゴの採集が目的です。この観測は別途ブログにしているのでそちらをご覧ください。(観測隊ブログ「ビームトロール観測」

ビームトロール観測の様子
撮影:JARE67 池田未歩 (2026年2月10日)

(2)堆積物から古環境を復元する

堆積物は深くなるほど古く、浅いところは最近堆積したものと考えることができます。(地層累重の法則)この考え方からすると採泥チームの手法の中では、グラビティコアラーによる観測が最も深く古い堆積物を採ることができる観測です。

グラビティコアラーにより3m超えのコア採取に成功
撮影:JARE67 池田未歩(2026年2月10日)

一方で、そのコアはただ見るだけでは読み解けない「古文書のような存在」だと採泥チームの鈴木隊員が話していました。単体ではそのコアがどんな現象を記録しているのか正しく理解することができません。そこでK式グラブ採泥器によって現在の環境から採取された堆積物をヒントに解読作業を行います。

解析は岩相記載とスケッチから始まります。カラーチャートなど、基準となるものと見比べながら色、粒径、含有物や断面の特徴などを詳細にメモします。

K式グラブ採泥器によって採取されたサンプルの岩相記載の様子。粒の大きさの指標には自分の手の指紋を参考にすることもあるそうで、なんだか途方も無い作業です。
撮影:JARE67 池田未歩(2026年1月31日)

さらにX線CT撮影によって内部構造を非破壊的に可視化し、密度や見えない構造を調べます。他にもプランクトンや底生有孔虫など当時の環境を反映する微化石の組成を見たり、間に含まれている水(間隙水)を分析することもあるそうです。

X線CT撮影によって撮影したコアの例。色の違いが密度差を示しており、
砂・泥・礫など各層の粒度の違いを視覚的に区別することができます。
CT像:Suganuma et al.(2025)を一部改変

たとえば...

緑がかったオリーブ色の泥
→ プランクトンの死骸を多く含み、当時光合成ができる開けた海であった可能性

大陸上の岩石と類似した組成の砂礫を含む層
→ 棚氷が融け、棚氷に含まれていた砂礫(氷河に削られた)が降り積もった時期 

などと考えることができるかもしれません。(わかりやすさ重視の一例です)

このように現在の海底環境を辞書として参照しながら一層一層丁寧に読み進めることで、当時の環境を復元していきます。

◇ ◇ ◇

実際にこれまで東南極域でグラビティコアラーなどを使って行われた堆積物調査と数値シミュレーションから、約9,000年前に比較的温暖な深層水が昭和基地周辺のリュツォ・ホルム湾内へ流入し、ドロンイングモードランド沿岸の棚氷の底面融解を促進した可能性が示されています。

国立極地研究所プレスリリース:
南極氷床の融解がさらなる融解を呼ぶー9000年前に起きた南極氷床大規模融解の原因解析から、将来、南極で起こりうる連鎖的氷床融解を提唱ー

採泥チームはレグ2でもグラビティコアラーによる堆積物採取を予定しています。この後の解析を思うとコアの採取はスタート地点であり、67次隊で得られたコアの解析はこれからですが、どのようなことが明らかになっていくのか楽しみです。

(JARE67 池田未歩)

引用文献:Suganuma et al. Antarctic ice shelf collapse in Holocene driven by meltwater release feedbacks. Nature Geoscience. 2025.