広報隊員は1月10日より、昭和基地から約53km(CH輸送ヘリで約15分)南下し、宗谷海岸にある露岩域としては最大の面積を有する、スカルブスネス(ノルウェー語にて「鵜の岬」の意味)のきざはし浜という場所の観測拠点(地理院地図)にて2泊して、2チームの野外活動を取材してきました。ひとつはペンギンチーム、そしてもうひとつが測地チームです。今回の観測隊ブログでは、ペンギンチームについてお伝えさせていただきます。
ここきざはし浜は、鳥の巣湾へと続く幅の広い凹地形の一端となっています。翌日の11日、この地形の底を歩きながら、かつては両脇の丘陵の頂部よりも高い位置まで発達していた氷河がここの露岩を削剥してU字谷にしていったのだろうか、などと頭のなかで妄想しつつ鳥の巣湾へと向かったのでした(興味のある方はこちらをご参照ください)。
鳥の巣湾にあるアデリーペンギンの集団営巣地(ルッカリー)までは、片道約3.2kmをおよそ1時間半の行程でした。ここを毎日通って調査しているペンギンチームの國分隊員に伺ったところでは、リュツォ・ホルム湾沿岸にはペンギンのルッカリーが複数点在していますが、ここスカルブスネス鳥の巣湾がリュツォ・ホルム湾内での最南端とのことです。広報隊員は他の場所で、より大きな規模のルッカリーを観察しましたが、鳥の巣湾のルッカリーは一見して比較的にこぢんまりとした規模のように見えます。ペンギンチームがこのルッカリーでGNSSロガーを使って行動を追跡しているペンギンの数は、約160羽(調査開始時点での巣の数は約130個)とのこと。母集団の多い営巣地で調査した方が、この地域のペンギンの代表的な行動を観察するのに適しているように思えたのですが、ペンギンチームの狙いはルッカリー中の大多数の個体を同時に追跡することで、ペンギンの群れがどのように作られたり維持されたりするかを詳しく調べ、さらには、湾奥の氷の多い環境下で、群れを作って行動することの意義を調べることでした。そのためにこの湾奥の小さなルッカリーをターゲットにしているそうです(調査について詳しくはこちら)。
ルッカリーではアデリーペンギンの親鳥とその半分から3分の2ほどの身長まで成長した1羽または2羽の雛がそれぞれの巣で生活していました。ルッカリーに近づくと特徴的な臭いが立ち込めています。例えるなら鮮魚店で売られている干しアミエビを濃集した臭いでしょうか。彼らが食料の一種としているナンキョクオキアミが臭いの元と思われ、巣の周りでも構わず排泄するため其処ら中に赤い染みができています。お互いの巣の距離が近いところでは、親鳥同士で喧嘩したり、隣の巣の雛鳥を攻撃したりしている様子を見ることがあり「そんなに仲が悪いならもう少し離れて巣を作ったら良いのに」と思ってしまいます。ところが巣を密集させたい理由がすぐそばで見つかりました。ナンキョクオオトウゾクカモメ(トウカモ)です。トウカモにとっては巣の密集しているところはペンギンの親鳥のガードが堅く攻撃しづらいのですが、彼らの狩りが成功する瞬間をタイムラプスカメラが捉えていました。
映像が始まって直ぐ、ルッカリーの右端奥の雪面付近にトウゾクカモメが降り立ちます。しばらく周囲の様子を伺ってからサッと巣に近づいて雛を咥えて逃げ去ります。雛は最初からぐったりとした様子に見えたため、死骸を狙ったのかもしれません。撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月11日)
ルッカリーの周辺にはトウゾクカモメが捕食した後とみられる雛鳥の死骸があちこちに落ちていました。こんなに鮮明に捕食されたものの末路を視覚として、また実感として知覚したのは初めてのことです。それとともに自然界の弱肉強食による生と死が、当たり前に進行するこの空間に入り込んだ自身の存在の強烈な場違い感を覚えて、恥ずかしいというか居た堪れない気持ちにもさせられてしまいました。
ペンギンチームの調査内容は多岐に渡っていました。たった1日の取材でそのすべてを理解することは出来ませんでしたが、例えばGNSSやビデオ、CTDなどの記録機能の付いた様々な種類のデータロガーのペンギンへの装着と回収、ヒナの体重計測、定点カメラによるルッカリーの観察などが行われていました。國分隊員のお話しでは、こういった様々なアプローチで、ペンギンの潜っている海中の様子を調べたり、ペンギンの群れのでき方を調べたりしているとのことです。
また更にペンギンたちが潜る海中の様子を調べるため、小型の遠隔操作型水中探査機(ROV)を使って鳥の巣湾沿岸の海氷下で生物探査をしてその様子を映像として記録したり、栄養の流れを調べるための各種の生物のサンプリングをしたりしています。
自在に動き回れるROVのカメラ越しに観察した氷海下の海底は、お魚チームの取材時に沈めた360度カメラで見えた以上に生き物の豊富な世界でした。まず目に着いたのは藻類のほかにウニやヒトデで、また一瞬だけで種類を判別できませんでしたが魚の姿も捉えられました。そして長い触手を規則的にうねうねと動かして泳ぐ姿から、なんとなくヤスデを連想してしまうウミシダの仲間もお約束のように姿を現してくれました。
アデリーペンギンの食事や移動範囲、ルッカリーでの子育てといった生活を様々な方法で観察し、海氷の状態や変動との結びつきを探ろうとしているペンギンチームの取り組みは、広報隊員に「風が吹けば桶屋が儲かる」のことわざを思い出させました。しかしそれは遠く離れた南極地域の環境の変化を、日本を含む全世界が注視していることと同じ構図であることに気づくと、急に鳥の巣湾の小さなルッカリーの行く末が気になり始めました。そんなペンギンたちとひたむきに向き合うペンギンチームの姿に広報隊員が感じたのは調査対象へのリスペクトでした。
(JARE65 丹保俊哉)