スカルブスネス探訪記 ペンギンチーム編

広報隊員は1月10日より、昭和基地から約53km(CH輸送ヘリで約15分)南下し、宗谷海岸にある露岩域としては最大の面積を有する、スカルブスネス(ノルウェー語にて「鵜の岬」の意味)のきざはし浜という場所の観測拠点(地理院地図)にて2泊して、2チームの野外活動を取材してきました。ひとつはペンギンチーム、そしてもうひとつが測地チームです。今回の観測隊ブログでは、ペンギンチームについてお伝えさせていただきます。

きざはし浜小屋付近の様子。きざはしとは階段を意味する古い言葉で、階段状の地形が海岸付近に発達していることが地名の由来のように見受けられます。かっこいい名付けですね。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月11日)

ここきざはし浜は、鳥の巣湾へと続く幅の広い凹地形の一端となっています。翌日の11日、この地形の底を歩きながら、かつては両脇の丘陵の頂部よりも高い位置まで発達していた氷河がここの露岩を削剥してU字谷にしていったのだろうか、などと頭のなかで妄想しつつ鳥の巣湾へと向かったのでした(興味のある方はこちらをご参照ください)。

鳥の巣湾南東の丘陵地より、きざはし浜方向を見た地形の様子。きざはし浜へと凹地形が伸びていて、両側を小高い丘陵に挟まれた回廊のようになって見え、全体が同一の氷河による氷食地形のようです。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月10日)

鳥の巣湾にあるアデリーペンギンの集団営巣地(ルッカリー)までは、片道約3.2kmをおよそ1時間半の行程でした。ここを毎日通って調査しているペンギンチームの國分隊員に伺ったところでは、リュツォ・ホルム湾沿岸にはペンギンのルッカリーが複数点在していますが、ここスカルブスネス鳥の巣湾がリュツォ・ホルム湾内での最南端とのことです。広報隊員は他の場所で、より大きな規模のルッカリーを観察しましたが、鳥の巣湾のルッカリーは一見して比較的にこぢんまりとした規模のように見えます。ペンギンチームがこのルッカリーでGNSSロガーを使って行動を追跡しているペンギンの数は、約160羽(調査開始時点での巣の数は約130個)とのこと。母集団の多い営巣地で調査した方が、この地域のペンギンの代表的な行動を観察するのに適しているように思えたのですが、ペンギンチームの狙いはルッカリー中の大多数の個体を同時に追跡することで、ペンギンの群れがどのように作られたり維持されたりするかを詳しく調べ、さらには、湾奥の氷の多い環境下で、群れを作って行動することの意義を調べることでした。そのためにこの湾奥の小さなルッカリーをターゲットにしているそうです(調査について詳しくはこちら)。

ペンギンチームの國分隊員(左)と同行者の今木さん(右)。先遣隊として南極に入り日々ペンギンたちと向き合っています。120Lのザックを背負って鳥の巣湾まで平坦地も急傾斜地もペースを変えずに淡々と歩く國分隊員の姿に広報隊員は研究者の熱い魂を見ました。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月11日)

ルッカリーではアデリーペンギンの親鳥とその半分から3分の2ほどの身長まで成長した1羽または2羽の雛がそれぞれの巣で生活していました。ルッカリーに近づくと特徴的な臭いが立ち込めています。例えるなら鮮魚店で売られている干しアミエビを濃集した臭いでしょうか。彼らが食料の一種としているナンキョクオキアミが臭いの元と思われ、巣の周りでも構わず排泄するため其処ら中に赤い染みができています。お互いの巣の距離が近いところでは、親鳥同士で喧嘩したり、隣の巣の雛鳥を攻撃したりしている様子を見ることがあり「そんなに仲が悪いならもう少し離れて巣を作ったら良いのに」と思ってしまいます。ところが巣を密集させたい理由がすぐそばで見つかりました。ナンキョクオオトウゾクカモメ(トウカモ)です。トウカモにとっては巣の密集しているところはペンギンの親鳥のガードが堅く攻撃しづらいのですが、彼らの狩りが成功する瞬間をタイムラプスカメラが捉えていました。

映像が始まって直ぐ、ルッカリーの右端奥の雪面付近にトウゾクカモメが降り立ちます。しばらく周囲の様子を伺ってからサッと巣に近づいて雛を咥えて逃げ去ります。雛は最初からぐったりとした様子に見えたため、死骸を狙ったのかもしれません。撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月11日)

ルッカリーの周辺にはトウゾクカモメが捕食した後とみられる雛鳥の死骸があちこちに落ちていました。こんなに鮮明に捕食されたものの末路を視覚として、また実感として知覚したのは初めてのことです。それとともに自然界の弱肉強食による生と死が、当たり前に進行するこの空間に入り込んだ自身の存在の強烈な場違い感を覚えて、恥ずかしいというか居た堪れない気持ちにもさせられてしまいました。

國分隊員によれば手前に写る雛の死骸は、捕食された訳ではなく昨年以前に餓死した可能性が高い個体とのことですが、ルッカリーでの生活は、死が直ぐ傍に迫る際どい環境であることを教えてくれています。撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月11日)

ペンギンチームの調査内容は多岐に渡っていました。たった1日の取材でそのすべてを理解することは出来ませんでしたが、例えばGNSSやビデオ、CTDなどの記録機能の付いた様々な種類のデータロガーのペンギンへの装着と回収、ヒナの体重計測、定点カメラによるルッカリーの観察などが行われていました。國分隊員のお話しでは、こういった様々なアプローチで、ペンギンの潜っている海中の様子を調べたり、ペンギンの群れのでき方を調べたりしているとのことです。

鳴き交わして互いに親子であることを識別し合う親鳥と雛鳥。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月11日)

また更にペンギンたちが潜る海中の様子を調べるため、小型の遠隔操作型水中探査機(ROV)を使って鳥の巣湾沿岸の海氷下で生物探査をしてその様子を映像として記録したり、栄養の流れを調べるための各種の生物のサンプリングをしたりしています。

ペンギンチームでROVによる定着氷下の海洋環境の観測を担当する後藤隊員。両手に抱えるROVは自身で設計、操縦も担当しています。更にはきざはし浜小屋の料理長も務められ、広報隊員にも美味しい料理を振る舞っていただけました。
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月11日)

自在に動き回れるROVのカメラ越しに観察した氷海下の海底は、お魚チームの取材時に沈めた360度カメラで見えた以上に生き物の豊富な世界でした。まず目に着いたのは藻類のほかにウニやヒトデで、また一瞬だけで種類を判別できませんでしたが魚の姿も捉えられました。そして長い触手を規則的にうねうねと動かして泳ぐ姿から、なんとなくヤスデを連想してしまうウミシダの仲間もお約束のように姿を現してくれました。

写真のように海氷に覆われて接近も観察も困難な海中をROVなら自在に動き回ることができます。ROVにはペンギンが捕食対象とする生き物など様々なサンプルを採取するためのロボットアームや簡易的な採泥器や塩分、海水温のセンサーも備えられていました。ROVの操縦は露岩上の日よけテントの中で行われています。撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月11日)
日よけテントの中では後藤隊員がROV正面のカメラで捉えた海中の様子をノートパソコンの画面で確認しつつ、市販のゲームパッドを使って操縦していました。自ら設計し制御システムにも詳しいことで、コストを抑えつつ簡便に操縦できるように工夫されている様子が見て取れました。撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月11日)
突然現れたROVの追跡を振り切るように泳ぐウミシダの仲間
撮影:JARE65 丹保俊哉(2024年1月11日)

アデリーペンギンの食事や移動範囲、ルッカリーでの子育てといった生活を様々な方法で観察し、海氷の状態や変動との結びつきを探ろうとしているペンギンチームの取り組みは、広報隊員に「風が吹けば桶屋が儲かる」のことわざを思い出させました。しかしそれは遠く離れた南極地域の環境の変化を、日本を含む全世界が注視していることと同じ構図であることに気づくと、急に鳥の巣湾の小さなルッカリーの行く末が気になり始めました。そんなペンギンたちとひたむきに向き合うペンギンチームの姿に広報隊員が感じたのは調査対象へのリスペクトでした。

(JARE65 丹保俊哉)