教員南極派遣プログラム

皆さん、はじめまして。第63次南極地域観測隊同行者の武善です。

私は普段、私立の中学校・高等学校で教員として、コンピュータを活用しながら、プログラミングやネットワーク、データサイエンスの基礎を学ぶ「情報科」を教えています。このたび、南極観測の意義や魅力を次世代を担う子どもたちへと届けるために、観測隊同行者として現職教員を南極に派遣する「教員南極派遣プログラム」に採用されて、昭和基地から日本の教育機関に向けて南極授業を実施することになりました。

教員南極派遣プログラムが始まって以来、すでに20名ほどの教員が昭和基地に派遣されていますが、私のように「情報科」を担当する教員が同行するのは初めてだと言うことで、「情報科」で学ぶ内容と絡めた南極授業を行う予定です。

普段、授業で使っている高等学校情報科用の教科書

そこで今回、私が南極授業で特に注目して取り上げようと考えている技術が「通信」です。
日本と南極の間では、宇宙に打ち上げられた通信衛星を用いて、年中無休でデータのやり取りを行っています。しらせが日本と南極を往復することは年に1度ですが、データだけは日本と南極の間をずっと飛び交っているのです。

ちょうど、LAN・インテルサットを担当する隊員と多目的アンテナを担当する隊員のために、出発前に国内で「衛星設備訓練」が実施されるというので、それに同行し、取材をさせてもらうことになりました。訓練の詳細については、すでに三井隊員がこのブログで報告していますので、そちらをご覧ください。

山口衛星通信所入口
撮影:JARE63 武善紀之(2021年8月24日)

訓練は山口衛星通信所で行われました。所内には、大小さまざまなアンテナが設置されています。南極からの衛星通信だけでなく、船舶や航空機から発せられる電波も山口衛星通信所で受信されます。

取材時には、まず通信所に併設された「KDDIパラボラ館」で、通信の歴史と概要を教えてもらいました。写真は海底ケーブルの実物を見せてもらっているところです。

KDDIパラボラ館の見学
撮影:JARE63 武善紀之(2021年8月24日)

現在、国際通信の99%は光海底ケーブルで担われているそうです。しかし、荒波でも知られ、また一年中海氷に覆われている南氷洋に囲まれた南極という過酷な環境には、海底ケーブルを敷設することができません。そこで活躍する通信手法こそ、宇宙に浮かぶ通信衛星を介した衛星通信なのです。

昭和基地からの電波を受信するパラボラアンテナ
撮影:JARE63 三井俊平(2021年8月24日)

写真は、昭和基地と日本を繋ぐパラボラアンテナです。電波を直接見ることはできませんが、写真を撮っている間にも、日本と南極の間では観測データなどの送受信が、人工衛星を介して絶えず行われています。アンテナで受信された電波は、地下トンネルの中を走る導波管によって、通信所内の通信機室まで伝達されます。

パラボラアンテナと通信機室を結ぶ地下トンネル
撮影:JARE63 武善紀之(2021年8月24日)

午後からは隊員の方々と一緒に、通信環境の保守に関する業務を学びました。写真は、受信信号に含まれる周波数成分の分布を表示するスペクトラムアナライザーの画面です。目に見えない電波も、この機器を使えば可視化することができます。

スペクトラムアナライザーの画面
撮影:JARE63 武善紀之(2021年8月24日)

1日だけの取材でしたが、大変濃密な時間となりました。
衛星通信に関する学習は、「情報科」の枠を超えて、「地学」や「物理学」、そして海底ケーブルの実効性に関わる「地理学」など、生徒たちが異なる教科で学習している様々な項目がお互いに関連していることを実感できる格好の教材になるのではないかと感じました。
また観測隊に同行する教員として、南極観測で実施されている科学研究の最前線を伝えることもさることながら、観測活動を裏で支えている通信技術とその運用の実体を生徒たちに伝えることも重要なんだ、ということも、今回の取材を通じて再認識できました。

情報科の学びのほとんどが、実は「日常の当たり前に感動できる」ことへ繋がります。今回取り上げた、南極と日本が衛星通信でリアルタイムに繋がる仕組みも、自分達が普段スマートフォンを使って、友達同士で通信をする技術と本質的には同じです。
南極からの授業を通じて、研究観測の最前線でも普通の生活で実用されている技術が使われていることを伝えれば、生徒たちにも、南極観測やそこで働いている隊員の役割をより身近に感じてもらえるのではないかと期待しています。

 

 

(JARE63 武善紀之)