高い空を観る 〜電離層定常観測の保守訓練〜

南極観測隊が行なっている観測は、国際的また社会的要請の高いデータを継続的に取得公開する「基本観測」(何十年も継続して実施している)と、期間を定めて集中的に実施する「研究観測」(一定期間毎にテーマが変わる)の2種類に分かれています。南極では限られた人数で多様な観測を担うことから、必ずしも各分野の専門家が作業にあたるわけではありません。そのため担当となった隊員が現地で確実に観測を行えるように、国内各地で様々な訓練が実施されてきました。

今回はそのうちの一つ、11月上旬に情報通信研究機構(NICT)で行われた「電離層定常観測保守訓練」の様子をご紹介します。

情報通信研究機構(NICT)。日本標準時 (JST) を決定している機関でもあります。
正確な時間を示すデジタル時計が目を惹く正門。
撮影:JARE67 池田 未歩 (2025年11月4日)

冒頭で紹介した基本観測。実は、さらに細かく定常官庁により実施される「定常観測」と国立極地研究所が実施する「モニタリング観測」に分けることができます。電離層の観測は前者の定常観測の一つです。情報通信研究機構(NICT)は、前身である郵政省電波研究所時代に1次隊(1957年)から南極地域観測隊へ参加していて、昭和基地での電離層定常観測を3次隊(1959年)から継続して実施してきました。

タイトルにある「高い空」とは、今回のブログでは、具体的に電離層定常観測のターゲットとなる高度60kmから1,000kmに広がる「電離層」を指しています。電離層は、太陽から届く紫外線やX線によって大気中の原子や分子がバラバラに(電離)され、電気を帯びた空気が広がっている領域です。

一見すると私たちの生活から遠い存在のように見えますが、この層には電波を反射したり曲げたりする性質があり、飛行機や船の長距離通信や、ラジオ放送などに利用されています。また電離層が地球の磁場や太陽活動の影響で変動すると、GPS衛星からの信号が遅れて位置情報がずれたり、通信が不安定になるといった影響が生じることがあります。実はGPSや衛星通信に関わる現代の社会インフラと密接に繋がっており、電離層定常観測はそれらの安定した利用を支える観測ともいえます。

電離層(電離圏)のイメージ -情報通信研究機構(NICT)資料より引用
最初は座学からスタート。今回の訓練には多目的アンテナ,モニタリング観測,重点研究観測担当の4名が参加しました。
撮影:JARE67 池田 未歩 (2025年11月4日)

昭和基地では主に2つの方法で電離層の観測が行われています。訓練では座学形式の講義で理解を深めた他、越冬期間中に必要な保守作業を実際に手を動かして確認しました。

電離層垂直観測(イオノゾンデ観測):地上から周波数を変えながら電波を発射し、電離層から跳ね返ってくる反射を計測することで電離層の電子密度・高度分布を計る観測です。15分ごと1回、休まず観測が行われています。

衛星電波シンチレーション観測:衛星からの電波を連続観測することで、電波障害につながる電離層の細かい乱れ(=擾乱)を把握する観測です。イオノゾンデ観測と組み合わせることで、電離層の状態を全体的な構造から微細なゆらぎまで立体的に知ることができます。

電離層垂直観測に使うFMCW電離層観測装置
現地にあるものとほぼ同等の装置を使用して装置の仕組みや作業の流れを確認
撮影:JARE67 池田 未歩 (2025年11月4日)
この日の講師の一人で、南極観測には10回(!)参加している大ベテランの近藤研究技術員。
実際の事例を交えながら教えていただくことができました。
撮影:JARE67 池田 未歩 (2025年11月4日)

左の写真は、67次隊から新たに持ち込む電離層垂直観測のための観測装置。
現地での組み立てを担当するのが夏隊で参加するNICTの田中研究技術員です。
撮影:JARE67 池田 未歩 (2025年11月4日)

国内では計4つの地点で電離層定常観測が行われています。そのうちの一つがNICTの敷地内に。
写真は送信用デルタアンテナで、昭和基地にもほぼ同じ形のものが設置されています
撮影:JARE67 池田 未歩 (2025年11月4日)
宇宙天気予報会議も見学させていただきました。昭和基地のデータは宇宙天気の構成要素の一つである電離層変動の理解を支えています。
撮影:JARE67 池田 未歩 (2025年11月4日)

これまでの電離層定常観測により、電離層の高さや電子の量が少しずつ減っていることも分かってきました。こうした変化は地球温暖化を示す指標のひとつとしても注目されています。電離層の変動を把握し、通信・放送・測位を安全に利用していくために、今後も目には見えない高い空の観測を継続していきます。

訓練終了後の集合写真。ありがとうございました!
撮影:JARE67 池田 未歩 (2025年11月4日)

(JARE67 池田未歩)

【参考(もっと知りたい方向け!)】

「電離層定常観測」-国立極地研究所ウェブサイト

南極昭和基地における電離圏観測 -情報通信研究機構(NICT)ウェブサイト

NICTイオノゾンデ電離圏観測 -情報通信研究機構(NICT)ウェブサイト

宇宙天気予報 -情報通信研究機構(NICT)ウェブサイト