教員南極派遣プログラムBLOG

南極授業(武善)補講②「人工衛星」

こんにちは、教員派遣の武善です。復路のブログでは、授業内で扱ったコンテンツについて、複数回に分けて、関連事項を取り上げていきます。第1回目は「気象」について取り上げました。第2回目は「人工衛星」について取り上げたいと思います。

「人工衛星経由でデータを送る」
南極授業(12922)では、村田功隊員からスーパープレッシャー気球を紹介いただきました。スーパープレッシャー気球は、昭和基地を遠く離れて浮遊するため、取得した大気の情報を人工衛星経由で地上へと送ります。

スーパープレッシャー気球を用いた通信のイメージ(授業使用スライド)
図版作成・写真提供:JARE63 冨川喜弘

 

人工衛星経由で観測データを送る仕組みは、他の場面にも登場していました。今回は、海洋観測での活用を取り上げたいと思います。
海洋観測においても、人工衛星による観測は多数行われています。ただし、観測できる対象は海面付近に限られており、海の中までを見ることはできません。そのため、南極観測船「しらせ」でも、CTD観測をはじめ、様々な海洋観測が実施されているのです。

海洋観測ロボットArgoフロート
撮影:JARE63 武善紀之(2021年12月1日)

 

Argoフロートは、世界中の海で稼働している海洋観測ロボットです。自身の浮力を調整することで海の深いところまで沈むと、水温や塩分・圧力等を計測しながら、海の中を漂い続けます(推進力がついているわけではありません)。そして、数日間の後に海面浮上し、人工衛星と通信して位置情報と計測データを送り、また海の深くまで沈んでいきます。この動作を、Argoフロートは稼働期間の間、繰り返し続けます。

Argoフロートの海洋投入
撮影:JARE63 武善紀之(2021年12月1日)

 

今回の観測隊行動中も、昨年121日に往路のしらせにて、Argoフロートの海洋への投入が実施されました。Argoフロートは世界中の海で相当数稼働しており、全自動で世界規模の海の様子を観測し続けています。 
専用の観測船を用いれば高精度で多岐にわたる測定、分析ができますが、幅広い空間を同時に観測することはできません。一方でArgoフロートは機能が単純で、できることが限られていますが、その膨大な数によって、人間と船だけではできない全海洋という広大な空間の同時観測を実現しています。
ここにも、機械と人の観測の協調を見ることができました。 

「人工衛星で正確な位置を測る」
人工衛星の中で、皆さんにとっても馴染み深いものは、GPSGlobal Positioning System)衛星でしょう。南極授業では、自分が昭和基地で撮影した写真に、GPSを用いたジオタグが付与され、「南極大陸」と表示されることを紹介しました。

昭和基地での撮影写真を表示するスマホ画面
撮影:JARE63 香月雅司(2022年1月2日)

 

しかし、衛星による測位システムはGPSだけではありません。衛星測位システムはロシアの 「GLONASS(グロナス)」、ヨーロッパの「Galileo(ガリレオ)」など、世界各国で整備されており、その総称を「GNSSGlobal Navigation Satellite System)」と呼びます。
昭和基地には、このGNSSの電波を受信する機器が様々にあります。

GNSS連続観測点と高木悠隊員
撮影:JARE63 武善紀之(2021年12月25日)

 

写真は、国土地理院が36次隊で設置したGNSS連続観測点と、高木悠隊員(国土地理院 測地部)です。この中にはアンテナが入っており、GNSS衛星からの電波を受信して、この地点の正確な位置を測定し続けています。「正確な位置の測定?」と最初は疑問に思いましたが、実は、我々が暮らす大地は、日々少しずつ動いているそうです。継続的に観測が行われることで、この動きの程度もわかるようになります。
そして、「大地が動く」のは南極に限った話ではありません。我々の住む日本の大地も、動いています。そのため、同様の位置測定は日本の各所でも行われています。日本の測定場所は「電子基準点」と呼ばれ、日出学園が所在する千葉県市川市にも設置されています。一覧は国土地理院のページで公開されているので、調べてみると皆さんの身近な場所にも設置されているかもしれません。 

GNSSを活用した動きの測定は、僕が野外観測に同行したラングホブデ氷河の上でも行われていました。これは氷河のある1点にGNSSアンテナを埋め、その1点の経度緯度情報を取り続けることで、氷の動く速さを測定するものです。氷河の動きは大地の動きに比べると極めて大きく、1日に30cm近くも動くようです。
僕は氷河の上で45日を過ごしました。その間に自分が寝起きしていた場所が1m以上も動いたと思うと、大変な驚きでした。

ラングホブデ氷河上に設置されたGNSS測定装置
撮影:JARE63 武善紀之(2022年1月11日 )

 

「人工衛星の測定誤差を利用する」
さて、極めて優秀なGNSS衛星ですが、当然、測定には誤差も発生します。通常は、この誤差を極力縮小する、捨てる方向に考えが働きますが、この誤差をあえて利用する観測も、南極観測隊の活動では行われていました。最後に、この観測を是非紹介したいと思います。写真は、昭和基地の基本観測棟に設置されているMulti-GNSSのシンチレーション観測装置です。

Multi-GNSSシンチレーション観測装置
撮影:JARE63 武善紀之(2022年2月5日 )

 

Multi-GNSSシンチレーション観測とはそもそも何なのでしょうか。
測位衛星の電波は、衛星から地上に向けて送られており、その間に「電離圏」と呼ばれる領域を通過します。この電離圏は、オーロラの発生する領域でもあります。
電離圏の状態は測位衛星からの電波に影響を及ぼし、地上の受信電波に乱れを生じさせます。この乱れをシンチレーション、日本語では擾乱(じょうらん)と呼びます。地上ではこの乱れが測位誤差として現れます。
Multi-GNSSシンチレーション観測では、この仕組みを逆に利用します。すなわち、「地上に届いた電波がどれくらい乱れているか」を元にして、「測位衛星と地上受信機間の電離圏がどのような状態にあるか」を推定するのです。
南極授業で登壇いただいた三井俊平隊員(LAN・インテルサット)も、学生時代はこの研究を行っていたそうです。第63次南極地域観測隊では、電離圏の観測を担当する直井隆浩隊員がこの装置のメンテナンスを行なっていました。
困りものと思われる誤差からも、貴重なデータが得られるという事実は、僕の中でも深く印象に残りました。

いかがでしたでしょうか。地球のあちこちで黙々と観測を続ける自動ロボット、正確な位置を測り続ける基準点、誤差も上手に利用する観測装置と、これまた情報科的には面白い話題ばかりだったと思います。

JARE63 武善紀之)

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