2022.03.09
カテゴリ: JARE63
南極の動物たちと海洋観測
こんにちは、教員派遣の武善です。3月9日、観測隊は南緯55度線を通過しました。つい先日まで、日本との時差が1時間に縮みながらも、周囲にはたくさんの氷が広がっていました。今はもう、見渡す限り、青い海が広がるばかりです。
3月7日まで観測を続けていたトッテン氷河沖では、様々な南極の生き物を見ることができました。
近くだけでなく、遠くを見ると、大きめの平たい海氷の上には、幾つかペンギンの群れがあります。よく見ると、足元の地面がわずかに赤く色づいており、ペンギン達は同じ海氷の上でそれなりに長く、生活しているようです。
寒さを凌いでいるのか、海氷の割れ目に集まっているアデリーペンギン達も見かけました。
また、トッテン氷河沖では写真に収めることができませんでしたが、復路の海洋観測では、クジラもたくさん見ることができています。写真は、ケープダンレーで撮影したクジラの背です。
さて、ペンギンやアザラシ、そしてクジラですが、なぜ南極のような厳しい環境で、このような大型動物が生息できるのでしょうか。
先日、その答えになる生き物が、しらせの船底海水ポンプを掃除した際に、偶然見つかりました。
写真は、ナンキョクオキアミというオキアミの一種です。大きさがわかるように、人差し指との比較写真を撮ってみました。アザラシやペンギン達は、この赤みを帯びたナンキョクオキアミを餌としてよく食べます。先日のブログで、袋浦のルッカリーを取り上げましたが、ルッカリーが赤く染まる理由でもあります。
このナンキョクオキアミ、実は物凄い数が南極海にいます。生態学の分野には、特定の時点、特定の空間に存在する生物量を表す「バイオマス」という表現があるのですが、地球のバイオマスを考えた時、単一種でもっとも占める割合が大きいのが、このナンキョクオキアミとも言われています。
それでは、なぜそれだけ多くのナンキョクオキアミが南極海に生息できるのでしょうか。実は、南極は世界でもっとも栄養が豊富な海なのです。これには、前回のブログで取り上げた海洋大循環が関係しています。
南極の夏、すなわち観測隊が南極にやってくる時期、海にはこのような氷がたくさん浮かびます。一見汚らしく見えますが、実はこれ、アイスアルジーと呼ばれるもので、氷に生き物が付着しているのです。アルジーとは「藻類」の意味で、氷を透過してくる日光を利用して、氷の裏にびっしりと藻類が生えます。植物に必要な要素は栄養と日光です。南極の夏の間、日差しが出てくると、藻類は豊富な栄養を使って、一斉に成長をはじめます。
藻類は夏の間、氷の裏側だけでなく、海の中でたくさん成長します。そして、その成長した藻類を食べて、ナンキョクオキアミ達が数を増やします。更に、そのナンキョクオキアミを、ペンギンやアザラシ、クジラが食べます。
豊富に栄養を含んだ南極海が、ペンギンやアザラシ、クジラ達の生活を支えているのです。
今までは物理的な観測を多く取り上げてきましたが、生物・化学に関する調査も、海洋観測では行われています。写真はCTDをトッテン氷河に投入している様子です。CTDに取り付けられた採水ボトルで海洋水を採水した後、溶存酸素や栄養塩の濃度などを調べています。
この調査の1つに、クロロフィルa分析があります。ペンギンやアザラシといった大型生物がどれだけ繁殖できるかは、一次生産者である植物プランクトンの量に関わってきます。クロロフィルaは、全ての植物プランクトンが保有する光合成色素で、海洋中に含まれている植物量の指標となります。
可愛らしいペンギンやアザラシの姿が、海洋観測の話題に繋がっていくところに、今回は面白みを感じました。日本に帰ったら、ペンギンと海洋の関わりを、自分でもよく調べてみたいと思います。
これまで種々の海洋観測を取り上げてきました。毎回、執筆の上では、佐藤弘康隊員(株式会社マリン・ワーク・ジャパン)に、多くの助言をいただいております。この場を借りて、御礼申し上げます。
(JARE63 武善紀之)